トロイア城から北へと向かう4人の男達。カインは歩きながら身にまとう革の鎧の胸部を平手で軽く叩いた。普段金属製の甲冑を身にまとっているため、どうもしっくりこない。右手に持つ楯も革製であり軽いという利点はあるものの、強度に不安が残る。何よりも不安なのは左手に持つ槍。柄が木製で先端には光沢が出るほどまでに研がれた黒い石の刃が紐で結われた状態で付けられている。カインはトロイア城を出てからというもの、この時代錯誤な武器を目にするたびに溜息を吐いている。溜息を吐きたいのはカインの後を歩くセシルも同じだった。彼もまた革製の防具を身にまとい、右手には木剣が握られている。これから相まみえる敵の正体は一切不明。だからこそ、準備は周到でなければならない。ところが、装備品に関しては“備えなく憂いあり”の有様。シドの木槌とヤンの爪は金属製ではない上、普段から軽装であることから、これからの闘いとの関係で装備上の支障はない。他方、セシルとカインのような戦士は普段から金属製の頑強な武具に身を包むのが当然である。そのため、金属製の武具を使用できないとなると、何とも貧弱な姿を露わにすることになる。セシルは強靭な僧帽筋と上腕二頭筋を露わにして前を歩くするシドとヤンを見て、「ふん。」と小さく鼻を鳴らした。

 

 数日もの間、4人は鬱蒼とした森を潜り抜けながら北へ向けて歩き続けた。彼らの目的地である北東の洞窟。その洞窟のある場所も森の中にあり、飛空艇を着陸させる平地がないため飛空艇で向かうことはできない。また、飛竜だと木々の枝葉により翼を負傷する危険があるため選択肢から外れる。さらに、地形の関係から船で行くのは極めて危険である。そのため、別の移動手段を講じる必要となる。セシル達はトロイアの神官から北東の洞窟へ行く手段がトロイアの北にあると聞いた。とはいえ、森の中を歩き慣れているわけではない4人。その上、森をねぐらとするモンスターの襲撃にも備えなければならない。この“旅立ち”は通常の出陣よりも困難を極めた。

 

 数日を経て、4人がたどり着いた森の最果て。そこには黒いチョコボ、通称“黒チョコボ”が生息する。黒チョコボは飛竜と同様に輸送手段として愛用される動物であるが、飛竜と異なり森に棲息するため、森の移動にも長けている。

 

 問題は黒チョコボは非常に人見知りする点。4人とも黒チョコボが易々と協力してくれるとは考えていない。

 

 極力音をたてないように茂みを静かに進む4人。セシルがトロイアで受け取った袋の中には連絡を取るためのひそひ草とは別にチョコボを餌付けするために使用されるギサールの野菜が入っている。セシルはギサールの野菜を取り出すと、茂みから2メートルほど離れた場所へ放り投げた。

 

 4人は茂みの陰からジッと黒チョコボが現れるのを待ち続けた。40分ほど過ぎた頃、奥の茂みから見慣れたチョコボとは異なる、まさに“黒い“チョコボがギサールの野菜の匂いに釣られて、こちらへ寄って来た。飛竜ほどではないものの、通常のチョコボよりも1回り以上巨大な黒チョコボはあたりを警戒しながら足を進め、ギサールの野菜の前で立ち止まった。黒チョコボは警戒を解くことなく、目の前の餌に嗅覚を集中させながら、目と耳は周囲に集中させていた。

 

 セシル達は黒チョコボがギサールの野菜を口にするのをジッと待った。そして、黒チョコボは警戒を解いてギサールの野菜を口にし、ムシャムシャと食べ始め、食べ終わると、その作用により警戒心が解かれ、くつろぎ始めた。セシルは静かに茂みから立ち上がり、黒チョコボに近づいた。セシルは手にした別のギサールの野菜を黒チョコボの口先に近づけた。黒チョコボは警戒心を感じさせない目でセシルの顔を見ると、ゆっくりとくちばしをセシルの方へ近づけ、セシルから差し出されたギサールの野菜をおもむろに食べ始めた。

 

 セシルはトロイアで渡された黒チョコボを操ることができる手綱を取り出し、無抵抗の黒チョコボの頭にかけた。

 

 4人を乗せた黒チョコボは土のクリスタルのある場所であり、それを盗んだ犯人のいる洞窟へ向けて黒い翼をはためかせた。

 

 

 

 眼前に広がる海。その先に浮かぶ島。セシルは手綱を軽く引くと、黒チョコボは飛行スピードを落としながら島を覆う森に降りた。

 

 彼らの降りた場所の側で不気味に潜む洞窟。黒チョコボの背から下りた4人は、神経を研ぎ澄ませながら洞窟の闇へと溶け込んでいった。

 

 この洞窟には強力な磁場が働いているため、金属製の武具を身に着けたまま入ると、たちまち身動きが取れなくなってしまう。その結果、彼らは金属製の武具を身に着けられないという“第三の敵”を受け入れなければならない。しかし、今はとやかく不満を言っている場合ではない。

 

 4人は襲い掛かるモンスターを討伐しながら、奥へと進んだ。

 

カ「・・・全く、厄介だな。」

 

 カインの不満の原因が武具の頼りなさに向いていることは他の3人にも理解できた。特に、暗黒騎士であるセシルにとっては他人事ではない問題であった。

 

 バン!!

 

 セシルはカインの背中を思いっきり平手打ちした。

 

カ「ぐはっ!」

 

 カインは革の鎧を通じて襲い掛かった衝撃により前につんのめりそうになる体のバランスを無意識に取ろうとして3、4歩前に足を進めた。

 

カ「何をする!?」

 

 カインは突然の不意打ちに怒りを露わにした。

 

セ「ふん!」

 

 セシルはカインに目を合わせることなく、カインの不満と同様のそれを込めて鼻を鳴らした。

 

 

 

 洞窟の奥。6つの炎が不気味に闇を照らすその先に薄暗く映る扉。

 

シ「何とも不気味な感じじゃわい。」

 

 シドは木槌で左手の掌をペチペチと叩きながら無意識につぶやいた。

 

ヤ「・・・何とも禍々しい力を感じる。この力は・・・」

 

 ヤンはセシルに目を移した。

 

 セシルはヤンよりも早く、その力が闇の力であると気づいていた。それも、極めて強い闇の力。

 

カ「・・・今までの雑魚のようにはいきそうにないな。」

 

 槍を握るカインの左手に力が入る。

 

セ「・・・開けるぞ。」

 

 彼らと同様の危惧感を持ちつつセシルがその扉を開いた。

 

 

 

 4人の視界にはクリスタルを祀る祭壇が広がった。

 

 そして、クリスタルの前に佇む異形の者。細長い手足に青白い肌。一糸まとわぬ姿でセシル達をじっと見つめる三白眼。セシルには彼に見覚えがあった。

 

 “ダークエルフ”。人間との交流を拒絶して森で独自の文化を形成し閉鎖的な生活をする妖精エルフ。エルフのうち闇に堕ちた者は“ダークエルフ”と呼ばれている。生来、エルフは人間を超える魔力を有するが、ダークエルフはさらに強い魔力を持つ。そのため、彼らは武器ではなく強力な魔法を使って戦うことが多く、磁力の洞窟のトラップは彼らにとって何ら障害にならない。クリスタルを盗んだ犯人がなぜ磁力の洞窟を潜伏場所に選んだのか、セシルはその理由を察した。

 

 ダークエルフは舌を出し、不気味にニヤついた。

 

ダ「くりすたるヲ、ワタスワケニハ、イカン。」

 

セ「・・・」

 

 ダークエルフは魔法と得意とする。そのため、魔法で対応する必要がある。しかし、4人の中で魔法を使えるものはいない。長期戦になればなるほど状況は不利になる。その上、ダークエルフは闇の力を秘めている。セシルの闇の力がどこまで通じるか。

 

 セシルはダークエルフを睨みつけたまま、モンスターの血で黒く染まった木剣を構えた。