ゾットの塔から脱出したセシル達。彼らの乗る飛空艇はトロイアへ向けて舵を切った。風、火のクリスタルはバロンの手中にある。水のクリスタルはファブール城で守られている。しかし、土のクリスタルは所在不明。すでにゴルベーザ―が手に入れている可能性もあるが定かではない。もしゴルベーザ―が未だ手に入れていないならば、ゴルベーザ―よりも先に手に入れる必要がある。しかし、フリッツからトロイアの神官さえもその所在は分からないと聞いている。ローザのことは気になるが、彼女がどこへ連れて行かれたかも分からない。

 

 セシルは飛空艇の縁に1人立つカインを見た。カインの視線は眼下に広がる大空に向いている。兜越しではあるが、その佇む姿から彼の目が虚ろであることが見て取れた。カインの心にはローザの姿しか映っていない。

 

 飛空艇がトロイアの大森林を望める空に入ると、シドはトロイア城の側に停泊する、フリッツ達の乗って来た飛空艇の隣に着陸させた。セシル達4人は飛空艇を降りると、何も語ることなくトロイア城へ向かった。

 

 トロイア城の城門前。そこには門番の女兵士2人とは別に暗黒の武具を身にまとったフリッツが立っている。

フリッツはセシル達に気づくと、彼らのもとへ足早に歩き始めた。

 

フ「隊長!」

 

セ「神官には伝えているな?」

 

 フリッツは頷いた。

 

フ「神官は奥でお待ちしています。」

 

 セシルはフリッツの肩を軽く叩くと、城門をくぐった。

 

 

 

 ゾットの塔を脱出後トロイア城へ向かうことを決心した当時、セシルは前もって”ひそひ草”を使ってフリッツにトロイアの神官への言付けを命じていた。その内容は“土のクリスタルのありか”について。セシルは先日、フリッツから土のクリスタルは盗まれており、トロイア城にないと聞いていた。しかし、クリスタルの祭壇には強力な結界が張られているため、「盗まれた」と聞いても、にわかには信じることはできない。仮にそれが真実ならば、誰の仕業なのか。ゴルベーザー以外の“誰か”。盗んだ“誰か”が祭壇の結界を破ったとすれば、かなりの魔力の持ち主だろう。

 

 神官の間に入ったセシル達。その奥に鎮座する8人の女神官。彼女達の視線はフリッツのものとは異なる禍々しい暗黒の武具を身にまとったセシルに向けられた。

 

 彼女達がセシルと顔を合わせるのは今回が初めてだが、セシルのことはテラから聞いていた。とはいえ、セシルは敵国であるバロンの元戦士と聞いている。そう簡単に心を許すわけにはいかなかった。

 

 神官の1人が静かに口を開いた。

 

神官「フリッツ様から聞いています。土のクリスタルのことですね?」

 

セシルは兜を取ることなく口を開いた。

 

セ「クリスタルはどこにある?ここにないと聞いているが。」

 

 ぶしつけなセシルの態度にいくばくかの敵意を感じながらも、神官は気持ちを表に出すことはなかった。

 

神官「そのことはテラ様にもフリッツ様にもお伝えましたが、盗まれたのです。」

 

 予測通りの返答を聞いたセシルは質問を続けた。

 

セ「祭壇の結界が破られたというのか?」

 

神官「・・・ええ。」

 

 本当に破られたのか、それとも結界を解いていたのか。セシルの疑念は深まっていた。

 

セ「・・・盗んだ奴が誰なのか、見当ははつかないのか?」

 

 神官は口を閉ざした。

 

セ「・・・」

 

 セシルは後ろに立つフリッツに問いかけた。

 

セ「・・・テラはどこにいる?」

 

フ「先日、トロイア国の代理人としてエブラーナへ。」

 

セ「・・・」

 

神官「・・・盗んだ者の目星はついています。」

 

 セシル達は神官の言葉に敏感に反応し、その視線は発言した神官へ一斉に向けられた。

 

セ「誰なんだ?」

 

神官「・・・ここから北東にある洞窟に潜んでいる者です。正体ははっきりしませんが。」

 

セ「そこまで分かっているのに、なぜ取り戻さない?」

 

神官は軽く俯いて目を閉じた。

 

神官「あの洞窟にはある“罠”が仕掛けられているのです。」

 

セ「“罠”?どんな罠だ?」

 

神官「金属に反応する罠です。金属に反応する力が働いていて、金属の武具を身に着けて入ると強力な磁力で身動きが取れなくなるのです。」

 

セ「・・・そいつは厄介だな。その仕掛けを止めることはできないのか?」

 

神官「罠を停止させる装置は洞窟との奥にあるのです。」

 

セ「・・・つまり、罠を解除するためには奥へ行く必要があるが、奥には奴がいる。中途半端な装備のまま取り返しに行くわけにはいかない。かと言って、罠を起動させるかは奥にいる奴次第。装備を整えて入ろうとすれば奴に自由を奪わちまってクリスタルを取り返すどころではなくなる。」

 

 神官は頷いた。

 

 セシルは思案した。セシルとカインの身に着けている武具は金属製であるため、下手に入ると罠にかかってしまう。むざむざ殺されに行くようなものだ。

 

セ「俺達がクリスタルを取り戻すと言ったら、あんたたちは反対するかい?」

 

 セシルは8人の神官を見渡しながら言った。

 

神官「正直、下手に取り戻すよりも今のままにしていた方が安全とも考えています。もちろん、愚策であるとは分かっていますが・・・。」

 

セ「ゴルベーザ―は最悪、この森林を根絶やしにしてでもクリスタルを見つけ出そうとするだろう。仮にここになくても、そう脅せば、あんたらがクリスタルを差し出すと踏んでな。そうなると、ゴルベーザ―の奴、次の一手としてトロイアを灰にすることも考えているかもしれん。」

 

神官「・・・仮にクリスタルを取り戻すことができたとして、それによってトロイアが守られるのでしょうか?」

 

セ「バロンは本気で世界侵略を考えているようだ。甘い予測は立てない方がいい。最悪の結果から少しでも“まし”な結果を出せるか、戦力の乏しいトロイアにできるのはこれが限界だろう。」

 

神官「・・・」

 

セ「だが、あわよくば、あいつがここを灰にする前に俺達があいつを始末する。そのための切り札としてクリスタルが使えるかもしれない。」

 

神官「・・・あなたのことを信じることが正しいのか・・・確証は持てませんが、あなたの言うとおり今のトロイアはそんなことを言っていられるような甘い状況ではないのですね。」

 

 神官達はお互いに目配せをした。

 

神官「クリスタルを取り戻しに行くのならば、我が国の兵士に行かせた方がいいでしょう。あなた達の手を煩わせる必要はないかと。」

 

 信用を得るのは何とも難しいことくらい先刻承知しているものの、セシルは兜の奥で顔をしかめた。

 

セ「ここの兵士を悪く言うつもりはないが、戦闘経験が少ない連中を行かせるのは得策じゃないぞ。」

 

 神官達は目を細めた。セシルの発言はトロイアの兵士のみならずトロイアを侮辱するものともいえる。しかし、セシルの言葉は間違っていない。神官達には反論の余地はなかった。

 

神官「・・・お願いします。必要なことがあればできる限り協力します。」

 

 平和を念願して非戦争を標榜し今日まで平和を守り続けた8人の神官。平和の実現の先で他国の戦士の力に頼らざるを得ない現実。今の彼女達がトロイアの平和のためにできることは平和の追求ではなく、その身に降りかかろうとする現実の悲劇を回避するために可能かつ数少ない選択肢を見誤らない事だけであった。