夕暮れが、ゆっくり、「昼」という時間を侵食していく。
夕暮れが、「夜」という時間に、徐々に支配されていく。
夕暮れの時間というシンデレラタイム。
少しだけ、大人になったと背伸びしてた時間。
夕暮れに、消えていく二つの影。
あのとき傍からみたら、僕らはどういう風に見えたんだろう。
あの時、僕は―――――。
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誰にだってあると思う。
予期しなかったことが起きて、頭が真っ白になるってこと。
僕の場合、それが陸上大会の閉会式後だった。
人がごった返す出入り口で。
会場出口というゴールを目指す人の流れの中で、
川の流れを遮るおっきな石みたいに、僕とかみゆは立っていた。
距離およそ30センチ。
「自転車で帰るの?」
うん、といういつもながらにつまらない返事しかできない。
ボキャブラリーって大事だとこの時ほど思ったことはない。
「かみゆは?」
オウム返しってこのことだろうなって自分で思ったのをすごく覚えている。
「自転車だよ。」
あ、そうっていう最悪の返答をしなかった自分を少し褒めてあげたい。
「じゃあ、途中まで一緒帰ろ。」
そこにはYES以外の選択肢はなかった。
自転車置き場。
自転車に鍵を差し込む。いつもと同じ、いつも通りの作業。
ただ10メートル先にはかみゆがいるってことだけが普段の作業と違う。
カチン!
勢いのいい音で自転車が心を開く。
10メートル先にはかみゆが悪戦苦闘していた。
近づくと、
「鍵があかない。」
鍵の表裏逆じゃ開かないに決まってる。
それはこうだよ、と鍵を差し込む。
カチンッとかみゆの自転車も主を迎える。
少し恥ずかしそうにかみゆは言う。
「まぁわかってたけどね!」
強気な返答。本気で悪戦苦闘してたくせに。
嘘ばっかって言って、二人して笑った。
僕の黒い自転車と少し黒がかったシルバーの自転車。
自転車を押しながら、坂道を下る。夕闇に吸い込まれていく。
保護者の車で帰る同級生から、おぉ!とか言われながら、
F1みたいなスピードで車は一瞬にして去っていく。
「気にしないで」
かみゆに言ったものなのか、次の日の自分に言ったものなのか、わからず声を振り絞る。
「うん、気にしてないよ。」
陽気なかみゆの声。かみゆの口が開く。
「今日、残念だったね?」
「うん。ごめん。」
優勝候補と言われた種目では優勝をを逃し、リレーでは転倒。
かっこ悪い。
「リレーの後は話しかけれる雰囲気じゃなかったけど、高校で頑張れってことだよ!」
高校では絶対負けない。
そう思いながらも、言葉では・・・・
「カッコ悪かったろ?」
と自己卑下な一面が顔を出す。
甘えてるのか、俺は。
でもその時僕は、かみゆの率直な感想が聞きたかった。
嘘を平気でつけるような子じゃない。
「カッコ悪かった」
胸がズキーンときた。
「だって、転倒しないようにって言われたから転倒しませんようにって思ってたのに、
本当に転倒する人なんていないじゃん!」
実際転倒したとき、触れたのはかみゆと同じ中学の子だった。
抜こうとした瞬間、ユニフォームを引っ張られた―――――
僕は何も言わなかった。
審判の判定は、セーフの範囲内だったから。
僕はその時全てを自分の中で葬った。
そして、かみゆは続けて言った。
「でもね、あれは引っ張ってたよ。かみゆ、あーいうの大嫌い。」
見てたんだ。
そう思うとほんとに驚いた。
「だって近くだったし」
見てたってよりも見えてた。
その表現が近いと思う。
何故か憤ってるかみゆがかわいい。
そうは思っても、僕は微塵にも出さない。
「でも、かみゆの中学が一位だったじゃん?」
「反則で一位っていっても、全然嬉しくない」
それを聞いて、真っ直ぐな人なんだなって思った。
そこに惹かれてるっていうのもすごくわかってる。
自分に真っ直ぐで。
そうこうしているうちに、シンデレラタイムは終わりを迎えていた。
「夜」という闇が、僕らを包み始めていた。