代表男子100m決勝。
否応なく緊張感がみなぎる。
集中力を高めるため、完全に自分の世界に入る。
何も耳に入らない。
召集前にチョコレートを一かけら食べる。
これも僕の癖ともいえない癖のひとつ。
ほんのり甘い苦い、DARSのビター味。
今は売ってるのかわからないけど、
当時の僕の定番。
そして召集所へ。
ゴールにはかみゆがいる。
一番で、かみゆのもとへ・・・。
いざ、スタートライン。
二位までは地区代表で上に進める。
イチニツイテ・・・
ヨーイ・・・
パンッ!!!
地面を蹴った。
加速する。
まだ加速する。
・・・マックススピードに乗った。
半分を過ぎたとき僕の前には誰もいなかった。
いける。
そう思った。
しかし
ゴール間際、二つの影が僕の視界に入った。
まさかの三着だった。
勝ったと思ったその瞬間に、奈落に落ちた。
気を抜いたわけじゃない。
その時の自分の最高の走りだった。
だが息を整えながら呆然としていた。
状況を飲み込めなかった。
「審判補助員」かみゆと目が合う。
一言、ごめんと勝手に口が動いた。
かみゆは小さく頭を振り、
おつかれ
と言った。
僕は小さく頷くと、トラックに礼をしテントへ戻った。
その差、0.1秒。まばたきほどの時間で僕は三位。
でも負けは負け。
まだリレーもある。気持ちを切り替えた。
リレーの予選。
優勝候補のチームの次に入り、二位通過。
地区予選突破も見えていた。
決勝前。
代表男子4×200mリレー。
プログラム最後の種目である。
リレーのバトン練習も終わり、
かみゆにもらったポカリを飲んでいた。
「吉日くん」
不意に呼ばれると、かみゆが立っていた。
審判補助員の白いTシャツ。黒の帽子。
微笑む姿に胸が高鳴る。
でも表面的には何も出さない。
「どうした?」
我ながらもっとまともな返事ができないのか、
と少し考えてしまう。
「リレー、頑張ってね。」
「おう。あ、でもかみゆの中学と一緒だよ。抜いちゃうかも?」
「あっそうだねぇ・・・吉日くん速いからねぇ。困ったぁ」
ちょっと本気で困ってる表情がまたかわいく見えてしまう不思議。
「まぁ転倒しないように願っといて。」
「うん、わかったー。がんばれ」
もう僕にはそれだけで充分だった。
かみゆは同じ中学の人の輪の中に消える。
僕はDARSのビター味をまた一つ口に入れる。
じゃあ、いこうか。
最終種目。最後の舞台に上がる。