世の中は変わりました。

これはコロナの前から感じていたこと。

 

人前で喧嘩をする人が多い。

ご近所、家族(夫婦、親子、兄弟、姉妹)、

友人(学校、習い事、部活)

会社(上司・部下、同僚)。

色んな関係間で。

 

昨日は、

目の前で夫婦喧嘩がありました。

 

知り合いなら仲裁に

入らざるを得ないこともあるけれど、

立場的に見守りしかできませんでした。

興奮度合いによっては

私にも火の粉が降りかかり

という状況でした。

 

火山噴火の下で

地震が起こっているところで

片足立ちしている感じです。

 

昨日は、

結構、シビアでした。

 

約30分のやりあいの後、

ご主人様が立ち去っていきました。

その後、奥様が抑えきれない感情を暫く

私にぶつけていきました。

 

言葉は武器です。

かなり、けちょんけちょんに言われました。

 

私はいいんです。

というかそういう立場にいるので

仕方ないんです。

 

何が苦しいか。

大体、それくらいの間のやり取りを

目の前で観ていると

お互いが交わす会話、顔の表情、感情のぶつけ方を

観ているとわかるのです。

 

その先が。

 

大体、私のその感は当たります。

あたってほしくないけど当たります。

 

昨日の夫婦間のやり取りで

ご主人様の決意を私は感じました。

 

そしてその決意に

奥様は気づいておられません。

 

「喧嘩するほど仲がいい」という表現を

きいたことあると思いますが。

私は違うと思います。

 

お互いに意見を交わし合うのと

お互いにわかり合おうとするのと

 

喧嘩は違います。

 

感情のコントロール。

難しいけれど、

それは自身の未来コントロール。

 

言葉を発するという能力は

誰にでも与えられたものではありません。

 

人間として生まれて

幸運にも言葉を発することが出来るのなら、

その言葉を聞いて

幸せな気持ちや嬉しい気持ちや楽しい気持ちに

なれるように使いたいですね。

 

取り返しがつかないようなことには使わないように。

そういうところに意識が行く

心の余裕をもって過ごしたいですね。

 

昨日はこの夫婦のやり取りが

頭から全く離れませんでした。

 

二人が別々の道を歩いていく

そんな先が観えるほど

私の心に重く残る出来事でした。