所用につき、本日は朝から外出でした。

 

二人で用事の話をしながら歩いていたその時に、

「11時2分ですね」とその方が言いました。

 

「立ち止まり、黙とうをしましょう。 

もうじき、黙とうサイレンが鳴りますよ。」と私。

 

その方は、「黙とうサイレン?

長崎から離れたこの地で黙とうサイレンが鳴るはずないですよ。」

 

「黙とうサイレンなりますよ。 8月6日も私は聴きました。」

それは自宅だったけど。

 

「この日本で、広島と長崎でないところで、

黙とうサイレンが鳴るなんて聞いたことがない。」

その方が言われたとき、その時間は近づいていました。

 

二人、歩く足をとめ、道のわきに佇みで祈りました。

 

祈りをささげた後、

黙とうサイレンが鳴らなかったことに私は残念な想いと

その方の悲しげな横顔をみて胸が痛くなりました。

 

生まれ育った西日本で

広島と長崎に原爆が投下されたこの日本で

黙とうサイレンを聴かなかった年はありませんでした。 

会社の転勤で東日本で生活していた数十年も

毎年、黙とうサイレンを聴いていました。

そして、手を止め、祈る人が私の周りにいました。

 

今日、所用で訪ずれた

このPref. このCity.

何とも言えない違和感を感じました。

 

そこでは朝・昼・夕とコロナ外出自粛を

呼びかけるアナウンスが今日も流れていました。

 

されど、長崎に原爆が投下された

今日という日に、

黙とうサイレンはなりませんでした。

 

そして、

九州出身のその方はとても辛そうでした。

 

生きているものが生きている間に、

伝えるべきことがある。

忘れてはならないことがある。

 

忘れないで欲しい。

日本を終戦に導いたあの原爆投下で

多くの命が失われたことを。

 

また、

原爆を投下した者も苦しみながら生きたことを。

 

戦争がもたらしたものが何だったかを

決して、忘れてはならない。