『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』の岸見一郎先生。
『これからの哲学入門 未来を捨てて生きよ』
「未来を捨てて生きよ」って痺れますね…。
☑未来は「未だ来ない」というよりは端的に「ない」のです。
今日は苦しいけれども明日になればなんとかなると明日を頼みにしても、明日という日はこないかもしれませんし、自分が期待するような日になるとも限りません。
☑幸福に「なる」のではなく、幸福で「ある」。
成功とは違って、幸福は明日を待たなくてもいい。「今ここで」幸福で「ある」ことができるのです。
☑偶然の出会いが運命的であるためには、その出会いを運命的なものだと意味づけることが必要です。
☑「現在の毎日が未来へ続いている」としても、先に必ず希望があるとは限りません。~ むしろ希望を未来に結びつけてはいけないのです。「今」においてこそ希望は持てるのであり、生きがいは「今」感じられなければなりません。
☑お金がもたらしてくれるのは幸福でなく成功
痛快!!
「今ここ」で見いださなければきっとこの先も見つかることはない。
探し求めているものは「今ここ」にあるから。
最近自分のことを「不満たら子」だと思っていたんだけれどもw、それは成功と幸福をはき違えていたから。
なんでこんなに恵まれていて不満が出てくるんだろうって。
鬼滅で善逸が「どんな時も不満の音がしてた」っていう獪岳についての回想するシーン。
ドキっグサって思いながら読んでました…。わたしのことかいなって![]()
ちなみに夫は、娘(2歳)が結婚するならあの3人の中なら善逸がいいなと言ってました。
わかる気がする…。(小学生並みの日常会話w)
…話が逸れました。
直感で生きたいなと思っているので、執着を捨てることにしました。
瞑想会に参加しているから「毎朝4:55にはスタンバイしてなければならない」。
今月頭からちょっとした体調不良が続いていて、今までならば「決めたことだから」と身体を起こしていたかも。
でも昨日思いっきり寝坊したら(5:40起床w)すっきりしていた♡
これは「感情と会話しない」には反するのかな?
ここのところは未だよくわからない。。
ただ自分を甘やかし続けることとはき違えないようにしたいとは思う。
自分なりの線引きが大切ってことなのかな?誰かーおしえてください♡
☑これやあれやのことができる、できないは生きる価値とは関係がありません。
☑子育ては親を育てない。
親は子供が育つのを援助できるだけです。
子育てはあくまで子どものためにするのであり、親が自分のためにするのではありません。
これらも気に入ったワード♡
岸見先生、今までとイメージが変わった気がしたので久しぶりに『嫌われる勇気』再読したくなりました♡
