最近、ふと思うのは勉強はちゃんとしとくべきだったなって思うのです。勉強をする理由を早いうちに悟り、その意味を理解しないといけなかったと思ったのです。




なぜなら、今自分の周りにいる人たちはキラキラしてますかと言われた時、自分の周りはちょっとしたことで文句や悪口、妬みを平気で言う、くだらん金勘定しかできない、疲れるし、無駄な気遣いで要らん気苦労をする人ばっかだなぁって思ったのです。





何でそんな人ばっかり集まったのか?って考えた時、自分が大したことないからなんだということに気づきます。




じゃあ、何でそう思ったか?





振り返ってみたら、努力というものから逃げたのかなってふと思うのです。適当に乗り切ることしか脳がなかったというのが、あの頃の自分なのだと。




私は言いたい。





いい学校、いい会社と言って、いろいろ虐げようとしている人たちは何を思ってそうするのかと。これがただ将来のためだとか、理想像だというならば間違えである。





確かに、一理ある。





ただ、いいところを目指してほしいのには理由がある。いい人生のレールに乗って欲しいとか、学歴に箔をつけたいとかではない。






努力を重ねることは自分を磨くことで、自分を磨いておくことで、いい人は自ずと集まり、その集まりはやがて、人生を豊かなものにしていく可能性を秘めている人たちとなると思うからです。





何となくでできた人間は、自分にとっていいことなんてしません。蹴落として自分が残ることしか考えないっていう人が大半です。努力を怠るということは生きる術、選択肢を狭めるのだと思います。





もし、子供にいいとこ行けよという前に、何でいいとこ行けと自分は言うのか考えた方がいいと思います。