私が常々申し上げているのは、殺害の観念がつきまとう、食料品はなるべくなら摂取しない方が良いということです。
殺すと言う事は絶対にいけないことです。
ただし、その動機を考慮しなければならない場合があることを認めます。
霊的
向上を望むものはいかなる犠牲を払っても大自然の摂理と調和して生きる覚悟ができていなければなりません。
その摂理は霊的なのです。
霊が発揮すべき側面はいつの時代も同じです。
愛と慈悲と寛容と同情と協調です。
こうした原理に従って考えれば、食すべきものを食し、飲むべきものを飲み、正しい生き方に導かれます。
しかし、最終的に選択するのはあなた自身です。
そのために神は自由意志と言うものをお与えになっているのです。