「NIAGARA TRIANGLE Vol.2」解説

 

 

第1章 白い港はカサブランカ?

大滝詠一さんの「白い港」という曲名を聞くと、いつしか私はスペイン南部のアンダルシア地方の景色を思い浮かべるようになっていました。

はたして、その思い浮かべていた情景は“正解”だったのでしょうか?
今回の「NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX」を契機に、あらためて考察してみましょう。

 

「NIAGARA TRIANGLE Vol.2 VOX」のブックレットに掲載された豊富な写真の中に、気になる1枚が…。
「白い港」のレコーディング作業中に使われたとみられる歌詞のメモに、“白い港”ではなく“カサブランカ”という仮タイトルが添えられていたのです。

 

カサブランカはスペインから見て北大西洋を挟んだ対岸のモロッコ西部の港湾都市で、まさに“白い港の景色”がそこにあります。
カサブランカとはスペイン語で“白い家”の意です。

 

1942年公開の有名な映画「カサブランカ」の舞台にもなりました。

昔の映画「カサブランカ」の舞台の地が、なぜ1980年代の曲のロケーションの一つとして用いられたのでしょうか。
書籍『大滝詠一レコーディング・ダイアリー Vol.2』によれば、「白い港」のセッションは1982年1月16日に録音。
その後、そのオケと仮メロディを聴きながら松本隆氏が詞をしたためたとして…。

 

それと時を同じくして、バーティ・ヒギンズが1981年1月から11月にかけてレコーディングしていたアルバムを年明けにリリース。

 

日本では「カサブランカ」(原題:Just Another Day in Paradise)のアルバム・タイトルで発売されました。
タイトル曲のシングル「カサブランカ」はオリコン洋楽シングルチャートで8週連続1位、1982年の年間チャート1位を獲得しています。

 

バーティ・ヒギンズ 「カサブランカ」

 

そう、この曲は、「哀愁のカサブランカ」(1982年7月発売)として郷ひろみによって歌われ、ヒットした曲ですね。

 

こうした“カサブランカ・イヤー” の1982年夏、雑誌『 BRUTUS 』に掲載されたのが、松本隆氏のポケット小説『白い港』でした。

 

旅の途中、これからは別れて各々の道を歩んでいこうという展開になってしまった二人の会話の中で、女性が一人旅で巡る行き先の候補として挙がるのはカサブランカ。

 

桟橋が見える港のカフェから見送る男性に向かって、船上の女性が、手鏡を使って光をキラキラと反射させて別れの挨拶をする…、そんな、逆「スピーチバルーン」的で“意味深”な場面も登場します。

 

「白い港」の歌詞の最後に“苦いコーヒー飲むよ”という一節があります。
前述の“光をキラキラ”の別れの時間を経て、男が独りですするのが、さめて冷たくなったエスプレッソ。
小説版『白い港』の終盤で読者も“苦さ”を味わうのです。

 

さて。
この小説、よくよく読むと、苦いコーヒーを飲む別れのシーンの舞台は、カサブランカではないんですね。
男をフッた女性が船に乗って向かうのがカサブランカ。

 

では、別れの舞台となった港はどこなのか…。
ヒントとなるのは小説の中盤にある次の箇所です。

 

ニースからこの港町までの車中で、突然彼女は「ねえ別れようよ」と言い出した。
予定ではここからパリまで車で行って、東京への飛行機を探すはずだった。

 

小説では“この港町”の具体的な名前は、意図的になのか、記されていません。
フランス南東部のニースからパリへ向かう途中の大きな港町はどこか。

 

それは…、マルセイユ!?

 

うーん、セイルをおろした無数の帆柱が、こわいほど奇麗なマルセイユ…。

 

大滝さんが市川実和子へ提供した「雨のマルセイユ」)が想起されますね。

 

市川実和子 「雨のマルセイユ」

 

「雨のマルセイユ」の歌詞には
♪ モロッコ行きのー 船がー出て行けばー
というくだりも出てきます。
 

モロッコ行きの船が向かうのはカサブランカ…。

 

 

♪ 北の砂漠はー 今ごーろ冬ねー
というのはアフリカ北部、モロッコのサハラ砂漠のことなのですね、きっと。

 

「白い港」「雨のマルセイユ」の歌詞は、どちらもマルセイユを舞台にして、男女の立場を入れ替えた内容になっている…。
こんな高度な仕掛けを詞世界に潜ませるのは、松本隆氏以外にいるのでしょうか。

 

大滝さんプロデュースの市川実和子のアルバム「Pinup Girl」で、全曲の作詞を手掛けた小野小福さんは誰なのか。
「白い港」の舞台について考えてみたら、思わぬ謎が再び眼前に現れたのでした。

 

「雨のマルセイユ」については、当ブログ新館の方の「別れの手紙 So Long」の回 もご参照ください。

 

今回は松本隆先生の短編小説にちなみ、ポケットサイズでお届けしました。
「白い港」篇は、まだまだ続きます。
お楽しみに!