詳説ロンバケ40th No.4

 

 

前回の「Velvet Motel」篇では、ヴェルヴェットのベールの向こうに見え隠れする真相に翻弄されっぱなしでしたが、今回はインパクトのある元ネタの研究発表です(笑)。

 

第1章 映画「テスト・ハネムーン」の衝撃
第2章 曲の基本構成とシャネルズ

 

 

第1章  映画「テスト・ハネムーン」の衝撃

大滝詠一さんの「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の根幹を成す重要楽曲を今回、世界で初めて(笑)、本ブログで皆さまに明かします。

この度、研究発表するのは、1965年の映画「I'll Take Sweden 」の劇中歌。
曲名は「 Would Ya Like My Last Name 」、邦題は「恋のラスト・ネーム」。
そして、歌うはフランキー・アヴァロン。
彼は、この青春コメディ映画で準主役として大活躍しています。


 

Frankie Avalon 「 Would Ya Like My Last Name 」

 

動画の0:18~0:22の部分は、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の

♪教えてーおくーれ how do you feel?

に用いられています。

 

動画の0:40~0:48の部分は、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の

♪一言言ったら その日かーら

   恋の花散る こーともある
     Summer kisses, winter tears

     はかないストーリー 
 

の大サビになっています。

 

実は、映画の劇中ではレコード収録版の「 Would You Like My Last Name 」にない“特別エンディング”が披露されています。

 

その模様が、映画予告編の動画でご覧になれます。

 

予告編動画の3:39~3:51の部分は、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」のコミカルで印象的なエンディングへ、ダイレクトに使われています。
フレーズが“そのまま”過ぎてびっくりします。

 

ちょっと衝撃的ですが、もう一度よーく聴いていただくと、大滝さんは決して「恋のラスト・ネーム Would You Like My Last Name 」をそっくりそのままパクリッといただいているのではなく、元曲の要所要所のおいしいエッセンスだけを抽出してきて、パッチワーク的な創作をして、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の旋律を組み立てているのだと分かります。

実は、この映画には「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の核となる元ネタ曲がもう1曲登場します。

できれば、それを聴く前に、お手元に「A LONG VACATION VOX」を用意して、Disk-3 「A LONG VACATION SESSIONS」の14曲目、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語(Take 1)」を改めてお聴きいただきたいのです。

 

* 2023年3月から「 A LONG VACATION SESSIONS 」はサブスクでも解禁されました。

★Spotify 「 A LONG VACATION SESSIONS 」

★Apple Music 「 A LONG VACATION SESSIONS 」

 

転調後の2:41のところで、珍しくキーボードプレーヤーがミスタッチをして、不採用になったと思われるテイクです。

 

この「 Take 1 」の0:25~0:29の部分で、大滝さんの仮ボーカルが聴けます。
♪パーンチパーンチ ヌミヌミニンナー 
   タートゥルラーター ヌミヌミヌンナー

とノリノリで歌っています。

 

同様に、1:31~1:36の部分でも大滝さんのノリノリな仮ボーカルが聴けます。

 

ノリノリ具合からうかがえるのは、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の初期構想では、
♪パーンチパーンチ ヌミヌミニンナー 
   タートゥルラーター ヌミヌミヌンナー

というドゥーワップ風のフレーズが、曲の要(かなめ)になるはずだったということです。

 

このポイントをおさえていただいた上で、重要な元ネタ曲をもう1曲お聴きください。
フランキー・アヴァロンが歌う「 The Bells Keep Ringin' 」です。

 

FRANKIE AVALON & GROUP 「 The Bells Keep Ringin' 」

 

冒頭のチューブラーベルが鳴り響いた後からは、小節の1拍目と3拍目に強拍を置く、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」のイントロと同じドゥーワップ・パターン。 


それに重ねて、映画の主演俳優のボブ・ホープと思われる歌声で
♪ding dong ding-dongdong 
  ding dong ding-dong ding-dong

と歌われています。
ding dong  というのは、鐘の音色を表す英語のオノマトペですね。 

 

♪ding dong ding-dongdong 
  ding dong ding-dong  ding-dong

 

という一節は、大滝さんの仮ボーカルのフレーズ、
 

♪パーンチパーンチ ヌミヌミニンナー 
  タートゥルラーター ヌミヌミヌンナー

 

とピッタリ符合します。

 

また、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語(Take 1)」のイントロ半ばの0:15~0:24の部分で、ピアノが弾いているフレーズに着目、いや着耳してください。
この旋律は、「 The Bells Keep Ringin' 」の曲中でフランキー・アヴァロンが繰り返し歌っている歌メロそのものです。
「 The Bells Keep Ringin' 」の動画の0:12~0:15の部分が、それを実感しやすいでしょう。

そして、この曲「 The Bells Keep Ringin' 」のタイトルは、大滝さんがロングバケイションの構想を練っていたときに、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の仮タイトルとして用いられていたのです。

「A LONG VACATION VOX」のライナー・ブックの裏表紙の裏から数えて10ページ目の大滝さんの直筆メモをご覧ください。

ロンバケ10曲目の仮タイトル「 Bells Keep On Ringing 」は、まさにこの曲「 The Bells Keep Ringin' 」のことなのでしょう

 

さて、映画「I'll Take Sweden 」は日本でも1965年に公開されました。
邦題は、ストーリーに基づいて「テスト・ハネムーン」と改題されました。

 

前出の「I'll Take Sweden 」の映画予告編は4分弱ありますが、あらためてお時間のあるときにご覧ください。

●I'll Take Sweden (1965) trailer (クリックしてご覧ください)

 

そもそも、なぜ“スウェーデンのストックホルム”なのか、なぜ“試験ハネムーン”なのか、詳しく述べている暇がないので、こちらにまとめられている映画のストーリーをご参照ください。

何やらスウェーデンの風習で、結婚前に試験的に2週間のハネムーンをするのだそうです…。

※お読みになった後は、自力でここに戻ってきてくださいネ。

↓↓↓
●映画「テスト・ハネムーン」のストーリー
 

なお、この映画の音楽は、ジミー・ハスケル(Jimmie Haskell)が担当しています。
そう、ジミー・ハスケルについては「Happy Ending 全曲解説の幸せな最終回」 の第3章で紹介しました。
大滝さんが亡くなる少し前に朝妻一郎さんへ、「ジミー・ハスケルに連絡を取ってほしい」と頼んだのは、この映画「 I'll Take Sweden 」について尋ねたかったんでしょうか…?

 

大滝さんは、1965年の高校2年生当時、映画「テスト・ハネムーン」を映画館で鑑賞したのでしょうか?
たとえば、小林旭の「ギターを持った渡り鳥」シリーズ8作品が公開されたのは1959年~62年で、「テスト・ハネムーン」より少し前。
例のエルヴィス・プレスリーとシェリー・フェブレーの共演映画は、本国での公開が1966年前後なので、「テスト・ハネムーン」と同じ頃です。
ドラマ「うちのママは世界一」も日本国内での放送時期は同じです。

大滝さんにとってのアイドルは、エルヴィスやリッキー・ネルソンやフランキー・アヴァロンのように、ちょっとバタ臭い感じ(?)で甘くセクシーな歌声の持ち主たちだったのかもしれませんね。

 

 

フランキー・アヴァロンについては、「『恋するふたり』について知っている2、3の事柄」の回 の「恋するふたりという曲名の由来」のパートもご参照ください。

 

 

第2章  曲の基本構成とシャネルズ

2006.8.11に本宅「れんたろうの名曲納戸」の 「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」を取り上げた回 で、私はこう記していました。

 「Pap-Pi-Doo-Bi-Doo-Ba物語」の骨格は、CM音楽を
  3曲つなぎ合わせたナイアガラCMメドレーなのです。

 

そう、「ハウス・ペッパー」「出前一丁」「大きいのが好き」をつなぎ合わせて「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」が出来ていると指摘して、当時、反響が大きかったのを記憶しています。

 

ここで、幻の「ハウス・ペッパー」を聞いたことがない方のために、大滝さんが歌う「ハウス・ペッパー」のデモを聴いていただきたいと思います。
(後に「スパイス・ソング」という曲名でゴスペラッツが歌いました)

●「スパイス・ソング」 (クリックしてお聴きください)

 

“3曲つなぎ合わせたナイアガラCMメドレー”という表現は、たしかにその通りなのですが、今回の「A LONG VACATION VOX」のライナー・ブックを参照して時系列で整理すると、「出前一丁」の特殊な出自と、ロンバケ制作期間中の大滝さんの“七転び八起き”ぶりが浮かびあがってきます。
 

1979年4月23日
シャネルズに歌ってもらおうと作った「ハウス・ペッパー」のデモを録音したが、結局ボツ。

1980年1月11日
キリンレモンCM用に作った「大きいのが好き」をEPOとシャネルズで録音。

これもオンエアされず。


1980年2月25日
シャネルズ「ランナウェイ」の発売日。
 

1980年8月4日
「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」のオケをレコーディング。
 

1980年8月27日
「出前一丁」のレコーディング。

1980年11月10日
シャネルズの連中と久しぶりに会う。

1981年1月14日
「FUN×4」のシャネルズのコーラスを録音。


シャネルズとのCMソングの仕事は、日の目を見ることはなかった…。
その後、シャネルズは人気絶頂のグループへと飛躍…。

再起をかけるニューアルバムのレコーディングで、大滝さんとしては、シャネルズのドゥーワップ・コーラスを大々的にフィーチャーして、彼らの人気にあやかろうと画策した「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」。
しかし、シャネルズは多忙で、レコーディングには来られなかった…。

普通ならショックで落ち込み、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」のオケをお蔵入りにしかねないと思うのです。
ところが、大滝さんはヒラリと身をかわし、ハナウタを歌うように、シンセサイザーに『Pap-pi-doo-bi-doo-ba』と歌わせることを思いついたのです。

マイナスにあってプラスを見いだす大滝さんは、やはり当時、“ノリノリ”だったのでしょう。
 

一方、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」のパーツになっている「出前一丁」の出自は、先述のシャネルズ関連のボツCM曲2作品とは少し違います。

フランキー・アヴァロンの「 Would You Like My Last Name 」などのフレーズを活かして、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」の旋律を作った…。

 

そして、その「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」から、

 ♪Let's Go Steady Again 
 ♪もういちーどだっけ~
 ♪四つのお願い 聞いとくれ


の部分のメロディを“切り出して”、、、

 ♪育って育って育ち盛り
 ♪育って育って食ーべ盛り
 ♪育ちざかりは 食べざかり


という「出前一丁」に仕上げた…。
時系列を辿ると、そういう経緯になります。

 

元ネタ曲から引用しても、その元ネタをなかなか気づかせない…。
「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」から「出前一丁」への引用でも、それは同じでした。
さすが、大滝さんの職人芸です。

 

 

 

さて、年が明けた1981年1月14日、「ロングバケイション」の“録り”としてはギリギリのタイミングで、シャネルズの時間が取れたのか、「FUN×4」でほんのワンフレーズ、、、

♪ Church Bells May Ring
というコーラスが録音されました。
 

時を経て、ラッツ&スターのベースボーカル担当・佐藤善雄さんが設立した『ファイルレコード』の25周年記念として、2013年6月に公開されたのが、ラッツ&スターやゴスペラーズの面々によるアカペラの「 Church Bells May Ring 」。

● FUTURE FILE 25 ALL STARS「CHURCH BELLS MAY RING」(クリックしてお聴きください)

 

「 Church Bells May Ring 」はハーレム出身のザ・ウィロウズによる“ドゥーワップの名曲”です。
もしかしたら、佐藤善雄さんや鈴木雅之さんは、“ドゥーワップの名曲”という意味以外の思いを込めて、この曲を選曲したのかもしれませんね。

 

ぐぐっと時を戻して。
大滝さんが、「FUN×4」で一節だけ
♪ Church Bells May Ring
というコーラスをシャネルズに託したのは、“大滝詠一&シャネルズ”という構想を果たせなかった曲「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」すなわち「 The Bells Keep Ringin'への万感の思いがあったからかもしれません。

 

さらに時を戻します。
デビュー前のシャネルズのメンバーだった方にうかがったお話によれば、アマチュア時代のシャネルズにとって、ヒーローはシャ・ナ・ナ (Sha Na Na)だったのだそうです。
シャ・ナ・ナは、ドゥーワップ、ロックンロール、ポップスなどをレパートリーに持つアメリカのカバーバンドで、彼らの音楽性やエンターテイメント性をシャネルズは手本にしていたのです。

 

「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」には次のフレーズが登場します。

ドゥワップを代表するクローヴァーズの
 "Love Potion No.9"

ミスター・ロックンロール、エルヴィス・プレスリーの
 "Summer Kisses, Winter Tears"

ポップスの旗手ニール・セダカの
 "Let's Go Steady Again"

これらの曲は、シャ・ナ・ナが当然のようにカバー演奏していて、シャネルズはそれに影響されてステージで披露していたかもしれないし、だとすれば、大滝さんもそれを知っていたのでしょう。

Sha Na Na 「Love Potion No.9」

●シャ・ナ・ナの動画・その1 (クリックしてご覧ください)

 

Sha Na Na 「~tribute to Elvis~」

●シャ・ナ・ナの動画・その2 (クリックしてご覧ください)

 

Sha Na Na 「Breaking up is hard to do」(ニール・セダカ作曲)

●シャ・ナ・ナの動画・その3 (クリックしてご覧ください)

 

大滝さんが先述の3つのフレーズを「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」に挿入したのも、彼らのアマチュア時代から親交があった“シャネルズのストーリー”に思いを寄せてのことだった…とも考えられます。

 

そして、時を少し進め、デビュー曲の「ランナウェイ」へ。

 

動画の1:002:18では、シャネルズが「 パッピ ドゥバドゥバ 」と歌っています

 

普通なら「Dan-bi-doo-bi-doo-ba」と歌うところですが、“ダンビ”じゃなくて“パッピ”なんですね。

 

大滝さんが「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」という曲名にしたのは、シンセサイザーに「Dan-bi-doo-bi-doo-ba」を歌わせるから、“ダンビ”を人工的な感じで“パッピ”にしたのだろう…、そう思っていました。

しかし、「 パッピ ドゥバドゥバ」と歌ったシャネルズに愛を寄せた末に、“パッピ”を借用して「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」にしたのかもしれない…、そんなふうにも思えてきました。

 

それらのことを考え合わせると、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」って、ホントに、大滝さんからシャネルズへの“リンリンラブコール・ソング”(ベルなだけに)だったのだと思えます。

いや、ラブコールどころか、「試験ハネムーン」に行っちゃうくらいのシャネルズへの愛が、「Pap-pi-doo-bi-doo-ba物語」には詰まっているのかもしれませんね…。