チャイムが鳴り終わるまで、私たちの時間は止まったままのようだった。

私は拭いきれない涙を流したまま、彼の少し怒った表情をじっと見つめていた。

彼は、両手を強く握りしめ、私から視線をそらすことなく、じっと私を見つめていた。


もう二度と戻れないという事実を知っていながらも、彼のことを嫌いになることなどできない。

そんな風に絡まっていた糸が一気にほどけたように、私の心は解放されていた。


もし、もう一度あなたのことを本気で好きになっていいのなら・・・

もし、もう一度あなたのことを守れるチャンスをくれるなら・・・私はちゃんとあなたの彼女になりたい。

いつも傍にいてあげられるような。おいしいご飯を作ってあげられるような。

もう二度と、離したくないと思われるような彼女になりたいと心から思いました。


静まり返っていた廊下が、授業の終わりを告げた教室から生徒たちが通る。

私はあわてて涙をぬぐい、平然を装ってみようとした。でも、足に力が入らない。

そんな時、彼が優しく私の手を引っ張った。

私は、そのまますがるように、彼の方に身を任せた。

このままがいい。このまま、時間が止まったらいいのに。

普段は、恥ずかしくして考えることもできないような台詞を自然と何度も唱えてしまっていた。


「春菜・・・、りゅうき・・・?」

聞きなれた声に私の心はざわめいた。

「飯島君・・・」

「飯島先輩・・・」

少し震えた声に、私は顔を上げ、彼の表情を確かめた。

いつもの和らいだ笑顔とは裏腹に少し眉を細め、飯島君を見つめる視線がきつく思えた。

「何やってんの?」

飯島君の怒った声に私は声も出なかった。

「なあ、何やってんのって聞いてんだけど」

そういって飯島君がりゅうきくんの肩を強く押した。

私から突き放すように。

「行くぞ」

そういって飯島君は私の手首を乱暴につかんだ。

「やだ・・・!」

初めて彼に反抗した。思い切り腕を振りほどいた。

その瞬間、彼の怒った顔と、手を振り上げたのが見えた。あの時みたいに・・・

殴られる・・・

そう思った瞬間、私は目を閉じた。覚悟をしたんだ、今までの私が悪かったからって。


でも、倒れているのはなぜかりゅうきくんだった。

私は恐る恐る目を開き、りゅうきくんにかけよった。

「大丈夫・・・?りゅうきくん・・・大丈・・・」

「何やってるんですか・・・!」

りゅうきくんの怒鳴り声に、廊下中が静まり返るのがわかった。

「なんで手を上げるんですか・・・!僕は・・・僕は絶対に許さない

 何があっても、男が女性に手を上げることは絶対に許さない・・・

 それに、僕の大事な春菜先輩に手を上げることは・・・絶対に許しません・・・」

「んだよ・・・うるせーよ・・・お前にとやかく言われる必要ねーだろ?

 俺は、春菜の彼氏なんだぞ。元彼かもしれねーけどな、口だしてんじゃねーよ。

 どうせ、キスもろくにできないようなやつなんだからな」

そういってうつむくりゅうきくんのことを鼻で笑った。


「ほら、春菜行くぞ。こんなやつのことは無視して行こうぜ。」

腕を掴まれた時、私の過ちは怒りと化していた。

「好きじゃなかった・・・」

「あ・・・?なんて?」

「飯島君のこと・・・好きなんかじゃなかった・・・。

 ごめんね・・・最低だってわかってるけど、今のあなたも前の私も同じだと思うから」

「何言ってんだお前・・・殴られてーの?」

「もう・・・何回殴られてもいい・・・!もうわかったの・・・。

 私・・・飯島君と付き合ってる時、りゅうきくんのこと忘れたことなんてなかった・・・!

 いつも・・・りゅうきくんならって・・・頭の中そればっかりで・・・

 りゅうきくんだったらこうしてくれた・・・りゅうきくんならこんなときって・・・そればっかりで・・・

 結局嫌いになんてなれてなかったの・・・ただ寂しかったの・・・

 何もできない自分に腹が立っていたの、誰かに埋めてほしかったの・・・!

 ごめんね・・・謝っても謝りきれないと思うけど・・・飯島君もりゅうきくんに謝ってほしい・・・

 私たちのしてたことは、両想いのドキドキした恋なんかじゃなかったから・・・」

「は・・・意味わかんねーよ・・・

 俺だってな・・・お前のことなんか別に好きじゃなかったよ。

 ただの自慢?ヤれたらいいかなくらいにしか思ってなかったけど、ガードかたすぎて笑えてさ

 こいつに教えてやろうか?キスもできないようなやつにさ、俺たちがどれだけキスしたかって・・・」

私は唇を噛みしめ、自分の過ちを悔いていた時、りゅうきくんは私の前を通り過ぎ、

思い切り、飯島君を殴った。

あまりの出来事に、目を見開き、声を失った。

「いい加減にしてください・・・!

 僕のことを悪く言うのはいいです・・・でも春菜先輩のことを悪く言わないでください・・・

 僕はもう・・・先輩に春菜先輩を渡そうなんて思ってません・・・」

「は・・・?意味わかんねーし・・・だって俺ら・・・」


「自分勝手でごめんね・・・でも、もう終わりにしたい」

私は飯島君の視線を断ち切るように、りゅうきくんの震える拳をぎゅっと握りしめた。

そして、後から実感する彼の言葉の意味に涙がでた。

「もう二度と・・・春菜先輩のことを離そうとしません。

 何度親に反対されても、僕は諦めずに頑張ってみようと思います。

 春菜先輩が誰かに傷つけられるのを黙って見ているしかできないなら・・・

 僕は少しずつでも、彼女の力になれるように努力していたいと思いました」

「りゅうくん・・・」

「ああ・・・そうかよ・・・勝手にしろよ・・・」

そういって彼は音を立てながら階段を降りていった。

私は3回深呼吸し、彼の少し涙ぐむ顔を、じっと見つめた。

「春菜先輩・・・遅くなってすいません・・・」

そういってうつむく彼に、私は涙を流しながら微笑んだ。


「もう二度と・・・離したりしないでね・・・」






おわり






全てあなたのためだから、完結しました。

今回は、初めて本気の恋を経験した春菜と劉輝が、大きな問題に立ち止まり、別れてしまってから、

たくさんの間違いを乗り越え、もう一度本当の絆を確認することができる。

そんな、お互いの気持ちを確認しあう回が多かったと思います。

これから、春菜と劉輝の恋はどう進展していくのか、次回に期待をしてください。


追記、更新なかなかむらがあってしまって申し訳ないです。

読んでくださっている方には感謝の気持ちしかありません。

これにこりず、これからもぜひ愛読のほどよろしくお願いします。




私は本当に馬鹿だ。

疑う余地など微塵もない彼と、一番の親友である愛梨のことを何もわかっていなかった。

そしてその期待を、私は何一つ疑いもせず裏切ってしまったんだ。

大切な人に必死で、本当に大切なものを何も考えずに傷つけていく。

私のしてきたことは、残酷なまでに最低だった。

誰かに気づかされて、正しい道を歩いていると勘違いしている。

一人で何でもできていると勘違いをして、気づけば私の周りには誰もいなくなっている。

そんな事実と、私自身が怖くなった。


「春菜先輩・・・?」

心配した劉輝くんが私に声をかける。

「ごめ・・・んね・・・。」

声の震えを抑えることなどできなかった。

「どうして春菜先輩が謝るんですか・・・?

 僕はもう本当に大丈夫ですから!先輩は・・・これからですよ・・・!」

そういって精一杯の笑顔を浮かべる彼に私は返す言葉を見つけることすらできなかった。


いつもそうだった。

私が悪いこと。なのに彼はいつも僕のせいですと私をかばってくれた。

何も悪くないのに、いつもそうやって精一杯の笑顔で私を安心させようとしてくれた。

不器用な彼だから、そんなこともすぐわかってしまう。

それがもどかしい。

もっとひどい言葉で私を突き放してくれたら・・・

本当のことかどうかなんてわからないような人だったら・・・

私はどう頑張っても彼のことを嫌いになることなんて出来ない。

それが切ない。

こんな最低な私のことを、彼は今でも好きでいてくれているんだ。

こんな私のために、別れを切り出して・・・僕は大丈夫ですと嘘をついて・・・

私と飯島君が付き合うことを精一杯の笑顔で送り出しているの・・・?


私はもう一度彼の顔を見上げた。

彼は心配そうに私の顔を見つめ返した。

「どうして・・・?どうしてそんな顔するの・・・?」

「え・・・?」

「私は・・・劉輝くんのこと・・・守れなかったんだよ・・・?

 いっぱい傷つけたんだよ・・・?なのにどうして・・・?

 寂しいからって飯島君にすがろうともしたんだよ・・・?

 劉輝くんが大切にしてくれてたこと・・・平気でいっぱいしちゃったんだよ・・・?

 なのにどうして・・・どうしてこんな私のこと、今でも好きでいてくれるの・・・?」

私の精一杯の想いをぶつけた後、彼が強く両手を握り締めた。


「僕は・・・守られてました・・・春菜先輩にちゃんと守ってもらっていました・・・」

「え・・・?」

「僕が一番怖かったのは・・・独りだったことです・・・。

 家族がいなくて・・・守りたいと思える人もいませんでした・・・。

 幸せになれるならなりたい。でも・・・僕が同じ幸せを返してあげられるかわからなかったから・・・

 正直、春菜先輩と付き合っているときも不安でした。

 僕は自信がなかったから・・・もっと良い人がいるんじゃないかって、いつも思っていました・・・。

 それでも春菜先輩は、こんな僕の傍にいつもいてくれました・・・。

 離れたほうがいい・・・でも・・・それよりも僕が幸せにしたいって思う気持ちのほうが強かった・・・。

 そんな風に想える人には・・・もう二度と出会えないと思っていたんです。

 だから・・・・・・」


「だから・・・春菜先輩は僕のことをずっと守ってくれていたんです。

 一番怖かった孤独から・・・いつもいつも守ってくれていたんです・・・。

 ぬくもりを感じるたびに、ずっと傍に居たいと思えました。

 声を聴くだけで、いつも安心していました。

 だから・・・最低なんて言わないでください。僕が好きだった春菜先輩を悪く言わないでください。」


涙をこらえながら彼の話を聞くことなど出来なかった。

私はそのまま、床に崩れ落ちた。

本当はあなたが想っているような私じゃないんだよ・・・


「本当はね、恋愛が初心者で私みたいに容量が悪くて勘違いばかりでね・・・

こんな私じゃなくて・・・もっと・・・もっとね・・・あなたのこと大切に思ってくれる人なんてたくさんいるんだよ・・・?

いつも傍にいてくれる人なんて・・・たくさんいるんだよ・・・?

毎日ご飯を作りにいけて・・・もっとたくさんお金を持っていて・・・

劉輝くんがバイトで疲れなくてもいいように支えてくれる人だっているんだよ・・・?

私なんて・・・どっちかとゆうとふさわしくないほうなんだよ・・・

どうして気づいてくれないの?どうして悪く言わせてくれないの・・・?

もっと会いに来いって言ってよ・・・!

お前もバイトくらいしろよって叱ってよ・・・!

守るとか言って嘘つくなって・・・突き放してよ・・・・・・」


「そんなこと言うわけないじゃないですか・・・!」


初めて聞く彼の怒鳴った声に私の涙の流れが止まった。


「誰が何て言おうと・・・僕が幸せだと感じた気持ちを変えることなんてできません。

 僕は・・・初めて誰かと気持ちが繋がったと思いました。

 初めて・・・分かり合えたと思いました。

 こんな・・・報われたみたいな気持ちになったのが・・・初めてだったんです。

 そんな気持ちを教えてくれたのは、初めて教えてくれたのは紛れもなく春菜先輩なんです。

 だから僕は嫌いになんてなりません。

 どんな春菜先輩だっていい。僕の知っている春菜先輩は最低なんかじゃありません。」

「劉輝くん・・・・・・」


もう一度流れる涙を、彼が優しく拭ってくれた。

私は頬に触れた彼の手を右手で優しく包み込んだ。


もう一度チャイムが鳴り響き、終わりを告げたはずの合図が私たちには違う意味で鳴り響いていた。


つづく・・・


私は自分の耳を疑った。そして揺れ動く心を確かに感じていた。

「愛梨と付き合ってない・・・の・・・?

 どうして?私はりゅうきくんが愛梨と付き合ってるって聞いたから・・・!」

喉にでかかった言葉を必死に奥へと飲み込んだ。

「なんで僕が愛梨先輩と・・・?」

彼はまだ状況がよくつかめていないようだった。

態度やしぐさですぐわかってしまう。彼は嘘などつけない人だということは痛いほどわかっていた。

「愛梨が・・・付き合ってるって・・・」

私はなぜか心が痛んだ。すべて愛梨のせいにしているみたいで。

「それは・・・中学の話で・・・」

「え・・・?」

私はもう一度唾を飲み込んだ。

理解が追いつけないほどの言葉たちが私に襲い掛かる。

心の中の喜怒哀楽さえわからなくなっていた。

「中学の時・・・愛梨と付き合ってたのって・・・りゅうきくんなの・・・?」

私は信じたくなかった。「いいえ」を選んでほしかった。

「はい。」

そんな都合の良い答えが返ってくるはずもなく、私はうつむいた。

「ちゃんと話たい・・・。」

彼の顔を見るのが怖かった。彼は今、どんな気持ちなんだろう。

考えるのが怖かった。それと同時に、表情を見るのも辛かった。

「はい・・・ちゃんと話します。」


学校のチャイムが鳴りびいていたのを、聞き逃すことなどできなかった。

辺りは普通に授業を始めている。私たちは、二人だけだった。

静けさが増す廊下の端で、私たちは何を話すのだろう。どんな気持ちになるのだろう。

想像などつかなかった。数分前の私が、こんな状況を想像できていたはずがない。

最早、飯島君のことなど、思い出す余裕すらないほどだった。


「愛梨先輩は、中学の先輩でした。

 前に春菜先輩に話した相手が愛梨先輩で・・・

 つい最近まで、同じ高校に通ってることも、春菜先輩と仲がいいことも知りませんでした。

 たまたま教室の前で会って、最初は驚きました。

 そして・・・今までのこと、春菜先輩のこと、色々聞きました。

 本当にいい子だからって・・・すぐ考えこんじゃうからって・・・。

 今の愛梨先輩は、僕の知っている愛梨先輩とは少し違っていました。

 元々、優しい人でしたけど・・・本当に春菜先輩のことを大切に思っています。

 だから、これ以上一緒に居ても・・・僕が何もできないことだってわかっていたんです。

 それできっと、僕と付き合っているなんて言ったんだと思います。

 愛梨先輩なりの優しさだったんだと思います。」

そういって真っ直ぐな瞳で私に訴えかける。私は目をそらすことができなかった。

「愛梨が・・・そんなに私のことを・・・。」

よく考えればすぐにわかることだった。

彼が誰かと付き合うこと。そんなこと・・・あるわけないって。

愛梨が私の好きな人と付き合うこと。そんなこと・・・。

私は悔いた。何回悔いても悔やみきれないほど。

誰かが背中を押してくれたこと。それを勘違いして違う道を進んでしまっていたこと。

私の周りには、本当に優しい人ばかりだったんだ。

その現状に甘えて、満足して、救いようがないほど無様だった。

「ごめん・・・私・・・ごめんね・・・。」

「謝らないでください!元はと言えば、僕が悪いんです。

 春菜先輩と釣り合わないとわかっていても、それほど頑張れなくて・・・

 今の僕のままじゃ、春菜先輩の隣に居てはいけないと思ったから別れたんです。」

私は必死に涙をこらえた。


「だから・・・進学をやめるなんて言わないでください!

 もう僕のために・・・何かを犠牲にしたりしないでください。」

私はその一言に胸を打たれた。

自分のふがいない一言が、彼をこんな気持ちにさせてしまっていたのだと痛感した。

何もわかっていなかった。私は、こんなに一緒に居たのに何も気づいていなかった。

彼が本当に求めていたことは、私と距離をとることじゃない。

私を忘れるためじゃない。愛梨と付き合うことじゃない。

全部・・・私のためだったんだ・・・。


抑えきれなくなった涙が一気に溢れ出した。

私は・・・また・・・どれほど彼を傷つけただろう。

勝手に彼のためだと思い込んで、出した答えで、彼を傷つけて、

私がそこまでして、彼と一緒にいることを望むことは間違っていた。

成長したいと言って、離れた事実が、何もわかっていなかった。

両手を握り締め、彼の痛みを想像した。

黙って泣き続ける私に、彼が口を開いた。

「だから・・・本当にこれでよかったんです。」

私は、ぐしゃぐしゃの泣き顔のまま彼を見つめた。

「飯島先輩と付き合えて・・・本当によかったですね。」


その一言で、私は思い知らされた。

忘れそうになっていた。あわよくば、消される事実だと思っていた。

でも、そんな都合の良いことがあるわけなかったんだ。

悪いことをしたら必ず罰を受けることになる。

私はもう、彼の彼女には戻れない。それは、紛れもなく突き付けられた現実だった。


つづく・・・