更新がすっかり遅くなってしまった…
完全に乗り遅れた感…
TENET公開記念(?)で、Amazonプライムがノーラン特集をやってたわけですが…
『プライム☆秋のノーラン祭り』\(^o^)/
と喜んだのも束の間(白いお皿はもらえません)、エラいことに気づきました…
あかん…
ノーラン、ナメちゃいけませんよ奥さん…(言うてる場合か)
めちゃくちゃ量子力学(およびその周辺の物理学)にハマってますやんかノーラン…
さっぱりわからん…
量子論とは何ぞや、というと、物質の小さな小さな世界、原子よりも小さな構成要素「量子」についての理論。
とんでもなくミクロな世界のものなので、一般の物理法則に則らず、独自のふるまいをする。
これについて考えるのが量子力学なんだけど
この"量子のふるまい"ってやつがなんだか摩訶不思議なので振り回される学者さん多数。
量子は「粒」だったり「波」だったりするんだけど、"観察される"ことによってその状態が変わっちゃったりする。
なので、「こいつら人の目気にするんか!( `ー´)ノ」と、その気まぐれさが、アインシュタインなど"整然とした世界"を好む物理学者さんには大変不評(*´Д`)
でも、量子の特性を使えば宇宙の仕組みなどを解明できるのでは?と考えてきたのがホーキングなどの量子物理学者さんたちなんですよね。
(合ってるかな一夜漬け(^^;)
この量子のふるまい、とにかく不思議。
1つの量子が「AでもBでもある」という状態の重ね合わせや、2つの量子が同時に正反対の回転をする(相関を示す)量子もつれ、AになってみたりBになってみたりと状態の定まらない量子ゆらぎ…
そして"観測される"ことによって状態が定まる、という不思議な特性。
「状態の重ね合わせ」は、同時にいくつもの可能性が存在することから、一説には多元宇宙を生み出しているのでは?ともいわれていて、量子コンピュータの原理ともなっています。あと、しばしば回転するコインの裏表にも例えられます(コインやそれに類したものはノーランの映画にモチーフとしてよく登場します)。
「量子もつれ」は、"どんなに離れていても、対になる2つの量子が同時に反応する"という特性から、量子テレポーテーションの実験がすでに成功しています。
そしてこのふるまいがとてもツインレイっぽいので、メリーさんが記事にされていますね。
メリーさんはよく量子力学からツインレイを説明されてますよね(*^_^*)
あと、量子を観測する、つまり量子に意識を向けることで状態が変わる、というんで、え、それって意識が現実(物質)を変えるってことじゃないの…?と、『引き寄せの法則』系のスピリチュアル本にも引用されてたり。
そんなこんなで、スピリチュアルにもツインレイにも縁の深そうな量子力学。
そしてこの量子力学やその周辺の物理学をやたら取り入れて映画を作っているのが、クリストファー・ノーランなんです。
で、今回の祭りの参加映画ですよ。
まずは
メメント(2000)
妻を殺され、自身もその際に負ったけがが原因で10分しか記憶のもたない体になってしまった男。
復讐すべく犯人を追うが、手がかりを掴んでも忘れてしまうので、彼は自分の体にそれらを入れ墨で残す。
その「自分に残したメッセージ」をたどって男が事件を解決しようとする、いわば"ひとり伝言ゲーム"で展開していくミステリー。
しかし伝言ゲームの常で、話は次第にあぁぁぁぁ…な方向に。
演じるガイ・ピアースの筋肉体操な体(´▽`)がどんどん耳なし芳一状態になっていきますが、斬新なのはこのメモり方だけではなくて、男の記憶時間10分で刻んでいく映像。
それも結末から順にさかのぼる映像と、時間通りに進む映像とが交互に入れ替わりながら現れる凝りよう。
面白いけどややこしいわ!
でも、このブツ切れ映像を前後の繋がりもわからず見せられることで、観客も主人公の混乱をそのまま体験していくことになります。
これは不安だわ。あらためて、うまくできてるもんだ。
そしてこの映画のテーマである「時間」と「記憶」ですが、普通、時間というものは逆行しないもの、とされています。
それは時間の進行とともにエントロピー(乱雑さの指標)が増えていくから。
要は、分子も原子も「取っ散らかったものは二度と同じには戻らない」(一概には言えませんが時間の進行についての場合)。
そして人の内的世界にある「記憶」もまた、外部の時間の進行に伴って増えていきます(普通は記憶が整理されることでいったんエントロピーは減少する)。
ところがこの主人公の場合、それが10分毎にリセットされる。
常に0地点に戻るわけです。
彼の"内的時間"は止まったまま。
まぁ、年を取らない、とも言えますが、彼はそれに抵抗するように、"記憶"を文字にして外的時間と接している自らの身体に刻みます。
しかしそれらの文字も、当初の意味は見失われ、相関を失くしていき…そうして身体中に散らばった言葉は、まさに"元に戻らない乱雑さ"そのものとなっていきます。
こりゃもう「目で見るエントロピー」の映画かなと。(と、わかったようなことを言ってみる)
『ラン・ローラ・ラン』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』などでは、主人公がある時間を何度もループしながら本人の記憶は蓄積されていくのですが、この映画では時間そのものは一方向に進行しながら本人の内的時間がループしているわけで、その時間のずれを必死で補おうとしながら却ってそれが世界そのもののずれを招いていくさまが切ない。
「外的時間」と「内的時間」の違い、ということでTENETの習作ともいえる映画かな、と思っていましたが、視点を変えていま一度エントロピーの方向から観直してみると、また違った面白さを味わえる映画です。
参考:時間は過去から現在に流れて…いない!? 物理学者の明快解説!
そしてこの、島のように浮遊する言葉をつなぎ合わせてなんとか自分の生きる目的たる「犯人」を探し出そうとする男の様子は、私たちがそれぞれの生きる「使命」を見つけ出そうとする過程にも似る気がして…
この世に生まれる際には、前世の記憶も何もかも忘れてくる私たち。
そして生きる中で、自分の興味の向くもの、何かの「啓示」のように思えるものをつなぎ合わせて、「自分の"使命"はこれなんだ!!」と考える。
しかしその際に、"こうありたい"という強い願望や"こうあるべき"という義務感、あるいは見たくない現実やトラウマなどにより判断が曇ると、どんどん本来の生きる方向から外れ、こじらせていってしまう…この映画の主人公のように。
映画の彼も、本心では真相を悟っていたように思うのです。脳の機能的には覚えているはずはなくとも。
人も、それぞれに「使命」のようなものがあるなら、たぶん皆、心の底で"知って"いるのじゃないかな。
きっと、心を静めて、ちゃんと自分の心の声を聴けばわかるはず…映画の彼と同様、生まれる前に自分で決めてきた「自分に残したメッセージ」のようなものなのだから…だから啓示もメッセージも、自分の雑念に惑わされず、"正しく受け取る"ことが必要だよな、そう、やっぱり心が取っ散らかってエントロピー増し増しの状態じゃイカン…なんてことをつらつら思っていたら、メリーさんの記事になんだかそんなような内容が。
この記事でメリーさんは
"世の中の苦しみやわだかまりの大半は「うまく伝わらない」ことからくる誤解から生ずる、そして私たちはそれぞれが、その苦しみから抜け出すきっかけを誰かに与えるメッセンジャーとしての使命を負っている"
ということを書かれていてなるほどなぁ…と思ったのですが、これの「うまく伝わらない」原因のひとつに、やはりそれぞれ心のメメント的取っ散らかりがあるのでは、と思うのです…(´-`*)。oO
人はそれぞれ、生まれる前からの「ひとり伝言ゲーム」をやってるのじゃないかな…というわけで、
メッセージは心を静めて、正しく受け取りましょう。
(自分の希望や思い込みで受け取るとメメント的こじらせを生ずるおそれがあります)
しかしこれを書いているこの部屋はエントロピーMax…(あの紙の山、何年あそこにあるんや)
片付けよう…
(結論はそれか)
そして『メメント』の、プロのライターさんによる解説。↓
時系列に整理されててとってもわかりやすい!
えええっそうなの??な解釈も。
とまァ、普通は"元に戻らない"が原則のはずの「時間」。
それが、量子のミクロの世界ではどうやらそうでもないらしく、ちょっとゆらいで戻っちゃったりする。(そんなとこでゆらぐな(^^;)
これを映画にしたのが『TENET』のようです。
えらいこっちゃ、ちょい軽めの『メメント』でも結構長くなった…
あとに大物も控えてるのにどないするんや…
まぁ、こんな素人解説、誰が興味あんねん!ですが…
10月あたまに引き込んだ風邪が長引き、毎日のちょっとしたことですぐ疲れてしまって、椅子に座るやいなや寝てしまう状態が続いていたので、さっぱり書き物ができませんでした。
すっかり遅くなってしまった…
もう秋も終わりだなぁ…(´-`*)。oO


