“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ -5ページ目

“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ

先天性心臓疾患により手術繰り返すも 命の鼓動を打ち繋げてきています

一歩前へ踏み出したい時
心ほっこり癒されたい時

パーカッション・筆文字・言葉から溢れる Beat (鼓動 / リズム)を通じて HeartにMagicを そして Magicな(魅力的な / 素晴らしい)人生を

早くも夏が近づいてきているのを

徐々に感じる季節になりましたね。

あ、その前に梅雨でした。あじさい



前回投稿の

松葉杖で身動き取りづらくなったわ…

の矢先、


休日救急の待合室に居た際、

発熱関係で途中から隔離された人がおり

どうやら何かもらってきてしまったようで。

足だけでなく 体調最悪なって寝込み

ほんとに身動き取れず状態が

あれからずっと続いてしまいました。


でも、つい先日

これだけは絶対休めない

ってか、

やりたいから休みたくない!

ということがあり

意地でも治してやったわ。


足の方はまだ全面に渡り真っ青ゆえ

痛し歩き辛し でしたけどね。



体やっと何とかかんとかでも動かして、

経験することで、忘れかけていた

心動かされることが蘇ったり。


それは情熱的な心の動きでしたけど、


また全然別件違うこと 違う動き

あるきっかけで

考えさせられることもあって。

それも 根元と向き合う静かながら

大切な心の動きなのでしょう。





会う度に素敵なご夫婦だなぁ

と思うお二人がいらっしゃるんですよね。

先月辺りだったかしら、オンラインzoomにて

参加者の方が奥様への質問で、

「この人だ!」と旦那様に決めた理由を

お尋ねされて。



「誰にでも対等に接する

 本質的なところを感じたから」


とお答えされていました。



後に、この時の事を奥様とお話していた際、

何も全く答え準備してなかったけど

思わずその言葉が直ぐに出てきたそうで。

素晴らしい出会いで結ばれたお二人なのだなぁと。ジーン




これは夫婦関係だけでなく

どんな関係であれ

考えさせられることがあり。


世の中平等なんて綺麗事は

成り立っていないのは理解しているので

そういう話ではなく


いち一人の人として

対等に接しているのか。



地位肩書キャリアが有るか無いか

有名か無名か

お金が有るか無いか


頭が良いか悪いか

容姿が良いか悪いか


年齢が若いか老いているか

男か女か


利益が有りそうか無さそうか

影響力が有るか無いか

無視していい人かそうでないか

etc...


わかりやすッ

って突っ込みたくなる位

あからさまに見て取れる場面もあれば、

何気ない言動やこれまでのことで

垣間みえる場合もあり。腑に落ちる。



人間ですもの、

そりゃ 世渡りしていく為にも

社会的立場や抱えていることも様々

人それぞれ いろいろありますからね。

そこに関してどうこうは一切全くないです。


ただ

 “本質” がどうなのか。



ふと、よぎったこと。


「もし、心臓血管外科医だったら

私は手術してもらうだろうか?」



・・・・

答えは自ずから出てくる。



その答えが、

私の中でその人の本質を

魂の部分でどう感じ取っているのか

否が応でも気付かされる


ということに気付き。



本質的なところは人それぞれ違いがあり

何を大切にするかも違うでしょう。



私は幸運なことに、

名ばかりの医師が存在する世の中で


“命そのもの” と向き合ってくれる先生方と


この上なく有難くも、今回の人生で

出会わさせていただけて

救っていただいてきました。



一般の方々からすると、

私にとっての信頼の定義


単に『人として信頼する』

その一言では表し切れない

奥にある 本当の意味に


そこまで?! となるかもしれません。



しかし、

人生が続くか ここで終わるかを

幾度と体感させられてきた自身の経験上、


腕さえ良ければそれで良しには

決してならない

先程の答えを出す際での本質的なところに

関わってくるのです。



もうね、

生きるか死ぬかが目の前に提示されたら

否が応でも気付かされる。



この人生で何を大切にしたいか。



人生過程において

奮い起こさなくてはならない時期があって、

違和感があったとしても

突き進む必要が出てきてやるのは


それはそれで学びとなり

有りだと思います。



それでも ふいに、

何かのきっかけで気付かされるのですよね。


この人生の旅路で

どういう人達が

心のアルバムに現れるのか


本当に共に居たいのは

分かち合いたいのは

どういう人なのか


それは

考えるまでもなく

ハートが答えてくれる。



そのハートとは

命そのものであり

魂であり


人によっては、

暗闇で方向がわからなくなった時

光輝き放ち導いてくれる


羅針盤となる

北極星のようなものでもあるでしょう。




以前、いつも良いこと言われてるなぁ

と思っていた御方と

お互いにいろいろ思うこと会話していた中、


「自分で言ってるけど、出来てない時あるからね」


と仰られていました。



だからこそ、

言葉にして出していくことも

大事なのでしょうね。


私自身、

耳が痛い 省みること多し人間なので

一進一退しながらでも

その過程や体感・経験を

成長へと繋げていこうと

改めて思い知らされた昨日今日この頃。


この頃でもいつ頃でも

過去 現在 未来の どんな日々でも


学びとしての時であろうと

何でもない

穏やかなひと時であろうと


かけがえのない

一瞬一瞬。



心臓の鼓動が刻んでくれていて

そのかけがえのない一瞬の中で


温かな記憶を心に刻んでくれる

あなたとの出会いに感謝です。



昨日今日、そして

明日へと

新たな一瞬 一ページが

続き紡がれていきますように

゚・*:.。..。.:・*:.*・゚゚。..。.:*・゚



Magic Beat, Magic Life

亞希






GW最終日いかがお過ごしでしょうか。



私はまぁもう どうゆうこと⁉︎

って位、感情揺さぶられたGWでした。



先月下旬は悔し情けなさ涙やら

一昨日は魂響かされ感動涙やら


昨日はただひたすら号泣という…



話すつもりなかったことを

何故か話す流れになるのも


それにより

深く閉ざしているところを

開けるきっかけを与えてくれるのも


人との出会いあってこそ、

ご縁なのでしょうね。



ご自宅の箱ティッシュを

半分以上使ってしまったので ( ̄▽ ̄;)

体から水分 空カラ

丁度昼時お腹も空き頃、

ランチ行きましょう♪となり。


来る途中で、なんたること

思いっきり足捻ってコケていて。

ずっとジンジン痛みがありながらも

大きな問題無く 歩いて移動。




おっきいナンラブ



楽しくランチし

さてそろそろ出ますか

と席を立ち、歩こうとした瞬間。




うぎゃーーーーーーッ!!滝汗


↑心の声


マジ イッタい 痛過ぎて歩けない。



え? あれ?

そういえばお食事中は、

さっきまで ずっと痛かったのどこへやら

全然、全く一つも痛み無かったんだけど。


美味しい🩷ウキウキ♪状態では

痛みなどすっかり吹き飛ばしている

もはやそんな自分に感嘆、

この素晴らしき食いしん坊精神。




なんとか歩こうとするものの

片足に体重掛けられなく、

いやいやと申し訳無さで何度も断るも

優しき御心に頭を下げ

この歳でおんぶしてもらうという。。


その様子が目に入った近隣のお店の方が

走って椅子を持ってきて下さり、

ご親切に湿布まで下さり。



この世は なんてこうも

愛溢れる人で 愛に満ちているの!(ToT)



駅へタクシーつかまえる迄休ませてもらい。

ヨチヨチ ブルってる私に

湿布ありますよとお声掛け下さる駅員さんにも

感謝しながら

何とか自宅付近駅まで戻り。


接骨院では、かなり

内出血腫れが強烈なってるので

念の為病院行って下さい言われまして。


休日救急で診てもらい、

組織脆いのと 血が止まりにくい

ワーファリン服用の影響もあり

どうしても腫れ酷くなってしまうとのこと。



しかしながら改めて、

世間の賑わいとは別世界となる

病院に足を踏み入れた際、

連休中もサポート体制医療従事者の方々には

本当に頭が下がりました…




いやはや、

歩けないもんだから

松葉杖お借りしましたよ。



今は木製ではなくステンレスなのね。


小学校の時、運動会で

最後のハードル蹴飛ばして骨ヒビ入り、

ゴールした瞬間倒れ込んだ以来だわ。




そんなこんなで


予定ではランチ後、

別件移動で 急いで回り終えなくてはの

身体使う頼まれ事が控えていたのが


強制的に不可となり。



今は自分自身を何より大切にしろ

ということなのかもしれませんね。



゚・*:.。..。.:・*:.*・゚゚。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:・*:.*




今年のGWは

行きたい所にも行けたし

会いたい人にも会えたので

嬉し楽しの、よいGWでした



足の状態から

暫くは行きたい所に行けず

会いたい人に会えず

となってしまいました。


でもその分、次お会いできる機会の

楽しみが増すということで。



本人はそんな意識してないのですが、

その時その時


この体が今ある

この一瞬一瞬を


思いっきり味わい感じきってるからなのか。

周りが目に入らなくなる位

ほんと心から嬉しいんですよね。


ただ会えるという

それだけのことが。



身体いろいろあっても

鼓動は刻み続けてくれている


出会いと 再会を

繋げてくれていることに

深く感謝です。




GWお疲れ様でした。

最終日ゆっくり

大切なお体をいたわれますように

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆


Magic Beat, Magic Life

亞希


何故、その言葉や声が


魂を揺さぶられるのか


心の中の何かが反応するのか。



一方で、

どんなに素晴らしい言葉を語っていようと

そこに魂が感じられないものには

心動かないし 共鳴せず

興味も情熱も湧かないのは何故なのか。



あくまで私にとっての

何かが反応する 何か。


それは、


命をかけている


のが胸に伝わり響くからなのを

改めて実感した日でした。



本人が死しても、

その並々ならぬ想いは


並々ならぬ想いで受け継がれ


また その想いに共鳴した者が

自身の魂に眠る何かを

呼び起こさせていくのでしょう。



命かけるコトやものは、

人類へと掲げる夢・ビジョンとして

託されて繋がっていく

壮大なものもあれば


必ずしもそういったものではなく


それぞれ与えられた人生によって

さまざま千差万別かと。




何年か前に見に行った岡本太郎展。

写真OKだったので

撮影した中にあった作品を思い出し。


説明書きから。


“〜自身の胸から飛び出てきた「私の叫びであり、生命の象徴であり、生命の幻影の造形」であり、また、心臓を表しているともいわれる。

前年に発表した画文集には、似た構図のスケッチとともに、「赤い兎/を/上げ/ま/しょう」という詩が掲載されている。父の死、対極主義の発表と目まぐるしい動きのなかで描かれたこの作品は、芸術に生命を賭ける岡本の決意表明ともいえ〜




命を賭ける

なんて言うと大袈裟な

大それたことに聞こえますが、


岡本太郎が解りやすい例えになるのか


命を賭けるとは

どれだけ

情熱をもって生きるか

でもあるのだろうなと。



一度しか無い人生


内なる熱いものを

内に秘めたままにせず


自分の為にも

誰かの為にも

出して生きていけるとよいですね

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆



Magic Beat, Magic Life

亞希