「国際こどもの本の日」
なるものがあるのですね。
昨日がその日だったようです。
↓
こどもの頃、夢中になった本は?
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毎度言ってる通り
私は本そのものが好きというより
本を愛している人が何故か好き
という変わった嗜好の人間なので
特に夢中になった本は無いですが、
記憶に 内容は薄っすらとだけある中
心には やけに残っているのあったなと。
オスカー・ワイルド
『幸福の王子』
読んでて 読み終わって
悲しくて涙出るわ出るわで。
おいおい
これのどこが幸福なのよ!(ToT)
って、当時は感じてたのかしらね。
あれから何十年と歳を重ねて
痛みや経験も重ねてきた今では
捉え方や感じ方も変わり。
王子にとっては
己の身が如何になろうと 他が為に尽くし、
苦しんでいる人が幸せになるのであれば
それが何よりも幸せで
幸福なことだったのでしょう。
最後に残った
目に見える カタチとしての心臓と
共に愛を分かち合い届けたツバメを
天使が天上へと運んでくれた物語のラスト。
自分自身 この鼓動が終わりを迎える時
最後はカタチあるものは消えても
ある意味 ハートを残して逝けたら
本当に幸せだろうなと。
物語は悲しい終わり方にみえて、
本人(王子・ツバメ)が
そうしたくてして、
少しでもより良い世界へとつながり
この世で与えられた役割を全う出来て
天へと還えられるのであれば
ハッピーエンドと言えるかと。
この物語を
博愛、利他の精神、無償の愛etc.
どう捉えどう感じるかは人それぞれでしょうね。
自己犠牲の是非を問う人もいるでしょう。
むかーし涙ながら読んだ絵本を懐かしみ
こうしてブログを書いていたら、
力になれたらとの想いからだったけれど
自己犠牲がどこか伴っていたのかなと
丁度先日、いろいろあった経緯を思い出し。
ふと、目に入った
「こどもの国際本の日」から
省りみり気付かせてもらいました。
最後の最後、私はこうありたいという
理想とする人生の終わり方はあるのです。
ただ、
今、現状に心身良くない扱いになる
自己犠牲は考えもので。
ハートの奥にある
内なる魂を表現していくには
この体と命あってこそ。
出し切っていないのに
朽ちることはまだできないなと。
ところで、
朽ちる と書くと
なんだか“哀れ”でみすぼらしい状態のよう
捉えられる場合もありますが、
王子の最後の姿も ツバメも
オーヘンリー『最後の一葉』に出てくる
枯れ葉姿も
私は とても美しいと感じます。
みえていないものを
みていけたら
世界は変わるでしょうね。
“哀れ” という漢字イメージではなく
三好達治「甃(いし)のうえ」の
“あわれ” のようであり。
丁度桜の時期。
桜はもう堪能されましたでしょうか

趣き深き 美しき
諸行無常の世界
一瞬一瞬を
味わい尽くしていける
春となりますように。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
Magic Beat, Magic Life
亞希


