無痛分娩と出産直後の話。
陣痛4分間隔で病院に着いたのが朝の4時半。
手続きやらなんやらした後は、麻酔したい時に言ってくれたらいいよーとのことで、午前6時くらいにいざ、麻酔開始。(陣痛の間隔は4分より縮まっていただろうけど聞かなかったからよくわからない)
アメリカでの出産を決めた大きな大きな理由は、
実はこの無痛分娩。
自分が母親になるという自覚を持つことにさえ苦戦していた私。死ぬような痛みなんて絶対絶対経験したくない。怖すぎる。と、思った。
あ、この辺りで、産みの痛みの美学は宇宙にまでぶん投げます。あと、産後数年以上、ましてや何十年経ってる人はものすごく軽く「そんなに痛くなかった」とか無責任に言うので、そういう人のことは、夢の中でたっぷり色んな方法で口封じしたらいいよ★
話を戻して、日本の医療界では、麻酔医の数の少なさなどが原因で、分娩に限らず麻酔がらみの事故は課題の一つとして挙げられます。硬膜外麻酔は、場合によっては後遺症を残しかねないとも聞きました。さらに、日本にある数少ない無痛分娩を取り扱っている病院、せっかく無痛分娩できるても麻酔医が少ないが故に、曜日と時間帯によって麻酔できない病院、あるいは価格が非常に高い病院、24時間麻酔できても里帰りNGな病院などしか見つかりませんでした。(※硬膜外麻酔もだけど、羊水検査もリスクがあるので、できる体制のある病院と、数多くやってる病院は違うことをこれから出産する人は見極めて病院を選んだほうがいいよ!)
そこで、無痛分娩が一般的な場所で、経験を積んでいて信頼できる麻酔医(人は選んでないけどね!)と病院に、麻酔を使った分娩に挑むことを決めたのでした。
でね、朝の6時に現れた私の麻酔医(高い。麻酔薬じゃなくて先生にだけで20万円くらい払った気がする)、しゃべるしゃべる。
人が陣痛真っ只中なのにね、日本の原発事故の話、ホノルルにあるラーメン屋の話、中国に住んでる息子の話、前に勤めてた病院の話…
たぶん気をそらそうとしてくれたんだよね!
あのね、大成功だったよ、先生!
背中にぶっさした針痛かったはずなんだけど、見事に先生のトークしか覚えてない。
麻酔は、午前6時の装着以降、陣痛が強まって痛みが麻酔に勝ってくるので、また痛みが強くなったら自分でボタンを押して麻酔を追加してやり過ごす、というなんとも自主性に任せた仕組みでした。(痛みが強くなったら押してね、って言われていたので、最初はボタンを押したら看護師さんが来ると思ってた。結局お産までに2回押しました ※追記 夫がこれ読んで「いやいや、10回くらい押したよ」っていうから2回じゃないらしい~10回も押したかな?)
そんな麻酔様のおかげで、痛みはいつもある程度あるんだけど、終始落ち着いた状態で出産しました。
出産を終え、麻酔が速攻取り外され、麻酔が切れてからが最悪だったんだよ。。。。
出産までに17キロ位体重増えたもんで、高血圧になってたらしく、点滴をしながらの出産になったんだけどその副作用がもう最悪。
それどころか布団の下は激しい痛みでこれまた吐きそうなレベル。
陣痛始まってから何も食べていないから吐くものなどないのに、吐き気が酷くゴミ箱に頭から突っ込みました(意識朦朧とするなかで、病院の便器を抱くよりマシだとおもった)
この時は、我が子よりゴミ箱を抱いていたかった。
だけど、アメリカン看護師2人と夫の3人がかりでゴミ箱から剥がされ、リカバリー室のベッドへ寝かされた。
紛れもなく人生で一番体調が悪い日になったこの時、我が子は検査やらで不在。
お股は激痛、吐き気、目眩、飲んだはずの鎮痛剤、速攻効かなくなるくらいお股痛いし熱いし痛いし血が出まくりなのはわかる。もうわけわからない状態で、生きる糧を探した。
みつけた。しかも2つも。
ひとつは、壁のホワイトボードに書かれた次の薬の時間(毎回フライングして鎮痛剤ねだってた)
これでとりあえず、少しは眠ろうと、心を落ち着けました。(つづく。)




