1月12日


今年は集落のどんど焼きが小正月ではなく、祝日に行われることになりました。
集落で始まって以来のことになります。
古い慣習が残っている地域でも少しずつ行事の改革です。
時代の流れですね。

小学校の小正月休みはいつからなくなったのでしょう。

親が準備を手伝うようになってから、早数十年経ちます。

仕事が休みではないと、わざわざ休んでまで手伝うのは負担が大きいです。

伝統行事をこの先長く続けていくには形も変わっていくということなんでしょうね。










娘と一緒に参加したのは娘が中学2年の頃までか



記憶が定かではないけれど、中学三年生では学習塾と重なり

高校一年生では英語教室と重なって行かれなかった

参加できないことにかこつけて、私はまゆ玉を作らなかった



そのあとはもう娘はこの世にいなかった









それっきり









娘がいなくなってから


もう二度とどんど焼きには行くことはない…





そう思ってた







同じ年頃の子ども達が小学校を卒業しても

親についてくる


そうすると母親達は自然と集まりお互いの子どもの話になる



子ども達はにかんだ顔でぺこりと頭を下げる





思春期ならでは







そんな中に入れるわけがない


娘が亡くなったことはひた隠しにしている













今年は当初11日に予定されていたが、強風が吹き荒れたため延期となった


翌朝9時から点火




パチパチ

パン! パン! パーン‼︎



勢いよく竹が弾ける音が聞こえてきた



台所で遅い朝食を食べ終わった私は



なんとなく櫓の炎を見てみたくなった





早朝まだ人気のない時間に眺めたから







どうなったかな







ついにエプロンのまま外に出た




音に誘われるようにその方角に向かう








ああ



昼間ってあまり炎が見えないんだ





近所のご婦人が声をかけてくれる




挨拶をしてから少し後方で櫓を眺める




集まった住民の手には柳の枝


カラフルなまゆ玉が雪の白さに映える







まゆ玉の代わりに何か焼こうかな




そんなことを考えた






そうだ


急いで家に戻る




さつまいもを洗って新聞紙にくるみアルミホイルで包む





よし





〇〇


まゆ玉じゃなくったっていいよね


〇〇が好きなマシュマロはないけど



焼きいも




炭火で焼くとすっごく美味しいんだから





燃え盛る櫓に近づいた





熱いっ!





一瞬怯んで避けるように離れた





心の中であの瞬間が蘇っていた






恐怖を振り払った




さつまいもを炭になりかけた焚き物の中に放り込む


鉄の棒で必死に炭の中に押し込む








近所のご婦人達のおしゃべりにちょっとお邪魔して



幸い自分より一回りも上の年配の方は私に子どものことは聞いてこない






待つこと30分





櫓の焚き物も殆どが炭になった





さっきよりも近づきやすい




厚い軍手をはめていても直接持てないほど焼きいもは熱い






家に帰り玄関で包みを開く





わあ



〇〇




こんがりと焼けたよ









こんな光景

いつ以来だろうね











あの炎に一瞬怯んだのは






娘の火葬の炎と同じだった







私は娘の棺から手を離してしまった





なんて残酷な母親なんだろう









家に入ってから焼きいもを頬張ると









むせて咳き込むうちに







嗚咽に変わった