❶私は何で脇見恐怖症になったのだろう。
脇見恐怖症になってから11年目の私。
当時、そう、脇見恐怖症になり、それが慢性化していた時が脇見恐怖症レベル100だと仮定したら、今は40程です。
それでもなお、辛い、消えたい、死んでしまいたい。
そんな風に思って先のことも不安になります。
けど、ちょっとずつは人が気にならなくなってきている、という確かな実感も、あります。
❶私は何で脇見恐怖症になったのだろう。
まず、箇条書きにします。
・中学生のときの人間関係の大変さ
・そしていじめに遭っていたこと
・自信のなさ
・自己肯定感の低さ
・周りの友人たちとなんだか私は違って、合わせなきゃという必死な努力
・真面目さ
・繊細さ
・我慢強さ
・安心感のなさ=不安
など、ストレスのかかる、大変な時期を過ごしたこと。
自分自身の脇見恐怖症に近づきやすい性格や要素があったこと。
頑張りすぎたこと。
↑に当てはまる事柄がある!という方、いらっしゃいませんか?
ちなみに、私の脇見恐怖症の私なりの定義は、
○視界に入る人に異常に強い意識がいき、その人を直接目で見ていないのに、視線のようなものを送ってしまう。
↑が私の患っている脇見恐怖症です。
こんな海外の記事を見つけました。
脇見恐怖症、今は海外にもあるのですね。
ちょっと心強いような、同じように苦しんでおられる方がいる、と胸が痛くなるような。
http://www.wsps.info/index.php?option=com_content&view=article&id=63:heres-looking-at-you-kid-people-with-ocd-who-notice-things-too-much&catid=0:
↑の中で、こんな記述を発見。
そうそう、私もそんな感じ!という共感。
↓
I stare at women and men, and I don’t just look in their direction.
(stare=見つめる)
まさに↑こんな感覚が、私にもあります。
私は、森田療法を受けても、ダメでした。
逆に、すっっごく辛かった。
脇見恐怖症があまり出てないな〜〜
ってときは、
●幸せだな〜って感じているとき
●安心感に包まれているとき
●自信があるとき
●不安から解放されているとき
●睡眠をきちんととれているとき
●希望がみえていると感じているとき
です!
要は、幸せなとき。
脇見恐怖症だから、辛くて、幸せになれない。
とふさぎこむのではなく、
何か身近な小さくてもいいから、
幸せ✨を見つけてみる。
これが、脇見恐怖症克服のキーワードな気がしています。
きっと、いつか、大きな幸せに包まれる時がきたら、
きっと、脇見恐怖症にバイバイ👌って言えるようになるような予感があります。
私も脇見恐怖症。
あなたも?
私が脇見恐怖症レベル100→40に下げられたのだから、きっとあなたも良くなるはず。
大丈夫。
と私も自分を励まして
歩んでいこうと思います。
また書きますね。