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思いは考えるから、苦しくなる
言葉で言えないことがあるから 人はまた思い悩み、誰かを傷つける
言葉の意味は自分と本当に向き合う為の単なる道具でしかないのかもしれないです
言葉に出した事で自分と向き合うことが出来るかもしれないです。
頭の中で物事を考えることは、自己満足でしかないのかと思います
思いが現実にならないから平和に暮らすためには良いんだと思います
思いを現実にするから人は争い、憎しみ合うのだと思います
廻り合いって不思議だよね?
誰も知らないことだから、巡りあうのだと思います。
こうして、文字を打つことも何かの廻りあわせかもね?
たくさん何かを後悔して、失敗して、泣いたり、笑ったりたくさんしてきたはずなのに、人はまた、笑ったり、泣いたり、失敗して、公開して、幸せ感じて、また一生懸命に生きていくのだから、、
迷ったり、夢に破れてもまたこうして些細な事でケンカして、自分を感じていくんだもんね。
生きていく中で実は幸せを感じてる方が多いんじゃないかな?
思い出してみなよ?悲しかったことってたくさん覚えてるけど幸せなことって思いつかなくない?でもね、君の生きてきた時間の中で、悲しかった事って両手に収まるくらいだったんじゃないかな?
不思議だよね?なんで幸せだった時っておぼえてないんだろうね?
僕はね、幸せの感じ方を知らなかっただけじゃなかったのかな?って思うよ。幸せな時間の中で、そこの幸せの中心に君はいたの?って思うよ。
実は今も幸せなんじゃないかな?悲しいことの中心に君はそこにいて、幸せの中心には君はいなかったんどろうね?
よくよく考えると、幸せを感じてる時は君は、蚊帳の外にいたのに何で幸せ感じてたんだろうね?もしかしたら、幸せの中心て悲しい所なんじゃないかな?
人は、欲張りだから地球の中心まで掘り進めて、色んなこと知ろうとして終りの時間さえ分かってしまうのと同じで、幸せの中心まで欲張りに進むから、悲しみ感じてしまうんだと思う、進んでる時に君は無我夢中で、何もかも知ろうとするから君は幸せの中心に辿りつくんだと思う。