小学校一年生の頃。その日初めて車を買った父が、子供たち(僕は3人兄弟の三男)を喜ばせようと、家族5人で外食をすることになり、師走の街にドライヴに出かけました。

食事も終わり、帰宅途中になると大雪が降りはじめ、車の走行が困難になってきました。やっとの思いで自宅近くまでたどり着きましたが、帰宅するにはどうしても車が一台しか通れないような、狭い商店街の間を抜けなければなりません。当時の車の性能もタイヤも今とは比べ物にならず、ソロソロと進むのですが、車はスリップして左右の商店の玄関にぶつかりそうになります。ストップしてエンジンを吹かすと、ますますタイヤが滑って軒先に車が当たりそうです。小さな子供たちが表に出て押す訳にもいかず、父も母も相当焦っていたようで、いちばんチビちゃんだった僕はその場の雰囲気にのまれ、心臓はドキドキ、ちょっぴり怖かった懐かしい想い出のひとつになりました。



そんな父、茂ちゃん(本名は茂雄ですが、亡くなってから僕はそう呼んでいる)も平成九年、母、菊ちゃん(菊枝)も父に先んじて昭和63年に他界し、いまでは切ない雪の日の記憶になっています。



何故、こんな話をするのかと言うと、あのころ、自家用車を持っている人は非常に少なくて、頑張って手に入れた大きな車を運転する父を、子供心にも本当に頼もしく思ったものでした。



それが、東京では車を持つのに大変なお金がかかってしまうのです。

また車の話でそこにいくか!ってお思いでしょうが、僕のライフ・ワークですから。(笑)

車の駐車場料金が月平均3万5千円、税金、任意保険、車検、ガソリン代、

出かけた時の駐車場代などを計算すると、たとえ小さな車を持っているだけでも、維持費は月平均10万円はかかります。結局、車は独身貴族、共働き夫婦、富裕層しか持てないのでしょうか?

もちろん、お金持ちの方も、若くて車を持っている人も沢山います。また、一軒家を持った人は駐車場代は必要ありませんが、そこにたどり着く前までの一般市民の話です。

東京は電車や地下鉄もすこぶる充実していて、車は必要ないかも知れません。

それでも、休日に父親の運転する車で何処かに行くのも、小さな子供達にとってはとても重要なことだと思うのです。



ちなみにLOS ANGELESでは、街の中心の住宅地でも、例えば、月水金は道路の右側、火木土は左側に(一日置きに右側、左側と清掃車が来るため)、自分の車庫として一日中駐車することは可能です。NEW YORKのマンハッタンはさすがに狭い半島で、駐車スペースは少ないけど、それでも1日止めてもマキシマム約$15の駐車料金、郊外の住宅地では、やはりロスと同じように車は自由に止められるのです。



東京では、恵比寿で5時間駐車場に車を止めたら30分400円で4,000円。六本木や銀座にいたっては30分600円で、一本映画を観ると映画代二人分になってしまいます。

それっておかしいと思いませんか?