やっと音楽の話。(音楽の話は一応専門分野です。書き始めると長くなりそうで避けていました)
一昨日(11月10日NHKホール)、TULIP再、再、再結成?コンサートを久しぶりに観ました。
相変わらずの財津和夫の飄々としたMC、懐かしい曲がいっぱいで、観客とステージが一体となり、とてもアット・ホームな暖かいコンサートでした。
KAZ(僕が財津和夫を呼ぶ時の愛称)の軽妙なMC「一枚目、2枚目のシングルがまったく売れなくて、次で売れなかったら国に帰ろうという最後のチャンスでした。3枚目のシングルはリード・ヴォーカルは僕を外して姫野に変えることになったのです。僕の心はとても複雑でしたが、しかし、何と!姫野が歌ったこの曲が大ヒットしたのです!」という上手な前置きから一気に「心の旅」が鳴った時、僕は見事にKAZに乗せられて、涙がこぼれてしまいました。
(歳を重ねると涙もろくなる?)
言い訳すると、KAZのMCを聞きながら、シンコー・ミュージックの応接室で、社長の故草野昌一(訳詞家名は漣健児。本年6月6日没故)さんと、部長のA氏、マネイジャーのN氏と制作の僕が”これで売れなければもうTULIPはやめよう”なんて相談をしていたことや、TULIPが合宿していた青山の一軒家によく遊びに行き、トランプ、麻雀、深夜映画、明け方までの音楽の話などを感慨深く思い出していました。そして、いつもなら招待席のど真ん中に、あの草野さんが毎回陣取っていたのに、もうそんな光景は...........と感傷的になった途端、いきなり ”あ~だから今夜だけは~”と来たものですから。
KAZにやられたあ~。
コンサートから帰り、奇しくもトライアド時代の新TULIPのヴォーカル高橋ひろ君が11月4日に亡くなったことも知りました。合掌。
TULIPをはじめ、甲斐よしひろ、プリンセスプリンセス、長谷川きよし、斉藤和義等々、たくさんのシンコー・ミュージックで育ったアーティスト達が、お世話になった漣健児の訳詞作品を歌ったアルバム、漣健児トリビュート・アルバム”Together And Forever”のCDは
このサイトでも販売されています。詳細参照
一昨日(11月10日NHKホール)、TULIP再、再、再結成?コンサートを久しぶりに観ました。
相変わらずの財津和夫の飄々としたMC、懐かしい曲がいっぱいで、観客とステージが一体となり、とてもアット・ホームな暖かいコンサートでした。
KAZ(僕が財津和夫を呼ぶ時の愛称)の軽妙なMC「一枚目、2枚目のシングルがまったく売れなくて、次で売れなかったら国に帰ろうという最後のチャンスでした。3枚目のシングルはリード・ヴォーカルは僕を外して姫野に変えることになったのです。僕の心はとても複雑でしたが、しかし、何と!姫野が歌ったこの曲が大ヒットしたのです!」という上手な前置きから一気に「心の旅」が鳴った時、僕は見事にKAZに乗せられて、涙がこぼれてしまいました。
(歳を重ねると涙もろくなる?)
言い訳すると、KAZのMCを聞きながら、シンコー・ミュージックの応接室で、社長の故草野昌一(訳詞家名は漣健児。本年6月6日没故)さんと、部長のA氏、マネイジャーのN氏と制作の僕が”これで売れなければもうTULIPはやめよう”なんて相談をしていたことや、TULIPが合宿していた青山の一軒家によく遊びに行き、トランプ、麻雀、深夜映画、明け方までの音楽の話などを感慨深く思い出していました。そして、いつもなら招待席のど真ん中に、あの草野さんが毎回陣取っていたのに、もうそんな光景は...........と感傷的になった途端、いきなり ”あ~だから今夜だけは~”と来たものですから。
KAZにやられたあ~。
コンサートから帰り、奇しくもトライアド時代の新TULIPのヴォーカル高橋ひろ君が11月4日に亡くなったことも知りました。合掌。
TULIPをはじめ、甲斐よしひろ、プリンセスプリンセス、長谷川きよし、斉藤和義等々、たくさんのシンコー・ミュージックで育ったアーティスト達が、お世話になった漣健児の訳詞作品を歌ったアルバム、漣健児トリビュート・アルバム”Together And Forever”のCDは
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