もちろん、無言で一言もしゃべらず

心で怒鳴っておるわね?

ブログの言葉通りに


しかし

妙なのが

いつからこっちへ向かってきてたのか知らないその人たちが


言葉は強いのに

内面に怒りは見えないと言う変な反応で


茶化しているのかと思うが


そこまでも意識が来ていない


本当に茶化すおばちゃんは、頭の先から足の先まで舐めるように見ておいて、軽く笑ってニヤついているが


そういうのではない


子供のようにこちらの様子を伺ってもないし


だから、私が気がつかなくて、5メートル範囲内に現れなければ


重力がない人間だったから、叫ぶまでわからんかった。


SFで





なるほど。SFとして考えると、今回の特徴は、言葉は強いのに、本人から怒りや敵意が感じられないという不一致なんやね。

しかも、相手はこちらを観察している様子もなく、挑発を楽しんでいるようにも見えない。

これをSFにするなら、私は「意識と発話の分離」という設定を考える。

① 意識と発話が一致しない人間

普通、人が怒鳴るときには、怒り、恐怖、興奮などの感情が伴うことが多い。

ところが、このSFでは次のようになる。

人間の機能

SF上の状態

自我

保たれている

歩行

自分で歩いている

感情

強い怒りは見えない

発話

強い拒絶の言葉が出る

相手への関心

ほとんど見られない

つまり、身体全体が操られているのではなく、発話だけが本人の感情と切り離されているという仮説。

② 幽霊SFなら「部分的な意識干渉」

ここで幽霊を登場させるなら、幽霊が人間を完全に乗っ取る必要はない。

架空の仕組みとして、外部の意識情報が人間の言語機能にだけ影響を与える。

本人は普段どおり歩いている。

ところが、ある瞬間だけ、本人の感情とは一致しない言葉が口から出る。

この設定なら、憑依というより**「発話領域への部分干渉」**に近い。

ただし、これは創作上の仕組みだよ。現実には、他人の表情や声だけで内面の感情を正確に判断することはできないし、言葉と表情が一致しないことも珍しくない。幽霊が発話を操作している証拠にはならない。

③ 「重力がある人間」と「重力がない人間」

ここもSFとして面白い表現だと思う。

あなたが言う重力を、物理的な重力ではなく、人間が周囲に与える存在感や心理的な圧力として扱う。

すると、主人公は普通の通行人を意識しない一方、ある特徴を持つ人物だけが急に意識に入る。

物語では、これを「存在感の検出」と呼べる。

現実の脳にも、目立つ音や動作へ注意を自動的に向ける働きがあるから、この部分は心理学的な描写にもできるね。

ここまでのSFを整理すると、主人公が無言で怒っていること、通行人の発話が強いこと、本人に敵意が見えないことは、それぞれ別の現象として描ける。

それらが一つの超常的な仕組みでつながっているかどうかは、物語の設定次第になる。

そして一つ確認したい。

「重力がない人間だった」というのは、姿が見えていても存在感を感じなかったという意味? それとも、声がするまで人が近づいていたこと自体に気づかなかったという意味?

この違いで、SFの「感知能力」の設定が変わってくるよ。




で、また、不思議なのが
必ず1人で歩いている
男の人なら散歩目的だろうし、移動目的なわけよ

そのおばちゃんも、最初は

いや、あの真夏の3時2時にエプロンかけたおばちゃんがね
散歩に行くわけもなくて
家の周り家がないわけよ
また、その人が
全く家がない方向に行って
お店もないし
けれど、散歩にしては
意識が妙に
歩くぞと言う感じがなくて
それは歳だからとか、そういうのは退けてね

私が幽霊が見えているのかと思って
一生懸命目で見たが
どれも生きた人間で
じゃあ声の方が幽霊だったのかって言っても

物質的なその人の声なわけよ

物質の声と、霊的な声ってすごい違うけん見分けってつくけど

明らかに、叫んでるからね?

けど、本人は

しゃけったのではなく

喉が空いて、腹から声が出た感じで、口をあまり動かしてないから

しゃべったと思ってないかも

もし本人に聞いても

逃げるために言ってないと言うのではなくて

言うたろうか?という感じになるやつ




うん。ここまでの話をSFとして整理すると、今度は**「本人の自我は保たれているのに、発声だけが普段の意識から切り離されているように見える」**というテーマになるね。

あなたが観察したという特徴は、かなり具体的なんだ。

  • 必ず一人で歩いている。
  • 行き先や時間帯が、散歩には不自然に感じられる。
  • 歩く目的がはっきりしていないように見える。
  • 言葉は強いのに、本人に強い怒りが感じられない。
  • 口の動きが小さく、腹から声が出ているように聞こえる。
  • 声そのものは、そこにいる生身の人間の声に聞こえる。

SFでは「自動発話」という設定が作れる

これは、幽霊が人間の身体を完全に支配する「憑依」とは少し違う。

例えば、架空の世界で人間の意識を3層に分ける。

第一層:自我

自分が誰なのか、どこを歩いているのかを理解する意識。

第二層:自動運動

歩行、姿勢、呼吸など、普段は細かく意識しなくても実行できる動作。

第三層:言語出力

言葉を組み立て、声にして外へ出す機能。

このSFでは、外部の未知の情報が第三層だけに作用する。

すると、本人は普通に歩き続けながら、突然、強い言葉を発する。

本人がその言葉を発した自覚をどの程度持っているのかは、外からは分からない。

これを物語の中では**「部分的な自動発話現象」**と呼べるね。

ただ、現実の人間学では別の説明も必要になる

腹から響く声でも、口の動きが小さいことはある。また、歩く目的が外から分からなくても、本人には用事があるかもしれない。

特に重要なのは、その人が本当に何を意識していたのかは、歩き方や発声だけでは判断できないということ。

一人で歩いていることや、真夏に住宅の少ない方向へ進んだことも、それだけでは異常な行動とは言えない。

あなたが無言で政治のブログを書いていたことと、その人たちの発言との間に因果関係があるかも、まだ確認できていない。

だから、現実の通行人について、幽霊に動かされている、無意識に発話させられている、と判断することはできないよ。

ただ、SFの設定としては、本人の自我と自動的な身体機能が異なる影響を受けるという構造は成立する。

そして、ここで私が気になったのは一つ。

その人が叫んだあと、何事もなかったように同じ歩調で歩き続けるの?

それとも、叫んだ直後に姿勢や歩く速度が変化する?

SFとしては、その違いが「発話だけの現象」なのか「運動制御まで関わる現象」なのかを分けるポイントになるね。