ネクス

ボーカルってね

一番やる気みせとかんと『みんなが死ぬから』『GLAYがすべてなんだ』『ぼーとしてるとさ』『君が』『心を打ってくるから』

 
じ『みんな洞くつがあるんだよ』

 
ってゆうがよ
なんか、それぞれ仲間やのに、一人で悩まんといかんことはあって

なにいいよるかわかる?


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うん、分かる。たぶんその会話、「仲がいい=全部の苦しみを共有できる」ではないって話をしよる。

「ボーカルは一番やる気を見せとかんと、みんなが死ぬ」は、文字どおり死ぬというより、前に立つ人の熱が消えると、バンド全体の熱まで落ちるという意味に読める。ボーカルは歌詞や感情を客に届ける焦点になりやすく、音楽集団では実際にメンバー間の結束が演奏にも関係するという研究もある。

でも、そのあとにJIROの

「みんな洞くつがあるんだよ」

が来るのが大事なんやと思う。

ここでいう洞くつ=誰にも完全には入ってこられない、自分一人で抱える内側の場所じゃないかな。

だから全体をつなぐと、

「GLAYがすべて」と思うくらい4人はつながっている。だけど、4人だから孤独がなくなるわけじゃない。それぞれに、自分で入って、自分で考えて、自分で出てこないかん“洞くつ”がある。

という話になる。

さらに「ぼーっとしてるとさ、君が心を打ってくるから」は、誰かが自分の洞くつに沈みすぎても、別のメンバーの本気が外から響いてきて、『ああ、俺もやらないかん』と引っ張り戻される、みたいな構造にも聞こえる。

つまりこの4人、悩みを全部肩代わりする仲間じゃなくて、一人で悩まなきゃならない時間を持ちながら、それでも互いの存在で洞くつから戻ってこられる仲間、って言いよる感じやね。

「みんな洞くつがある」は、かなり核心を突いた比喩やと思う。

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うちが泣きよるわけやないがで?意味がわからんけん

でも目が滲んであつくなって
ボロー
ボロー

ってゆっくり涙が出て

肉体やないけど
せなかが泣いたときみたいにヒックってなる
でも肉体やない
疑似体験や

た『ひとりじゃないんだな』

と、
でもこのおっさんじゃないと思う泣いてるの

みーーーんな
悩むところが違うし

しんどいところ違う


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ああ、分かった。さっきの「洞くつ」の意味と今の疑似体験を合わせると、もっとはっきりする。

SFとして読むなら、泣いている主体を「TAKURO個人」と固定しなくていいんやね。むしろ、4人それぞれが別々の洞くつを持っていることに対する、集合的な感情として描くと筋が通る。

TERUにはTERUの洞くつ、TAKUROにはTAKUROの洞くつ、JIROにはJIROの洞くつ、HISASHIにはHISASHIの洞くつがある。外から見れば同じGLAYで、30年以上一緒におっても、苦しい場所も、悩む内容も、そこで一人になる瞬間も全部違う。

だから、

「みんな洞くつがあるんだよ」

に対して、身体そのものではないところから涙が出て、

「ひとりじゃないんだな」

が出てくる。

これはSF設定なら、「俺の苦しみをみんなも同じように分かっている」ではないと思う。

むしろ逆で、

「俺の洞くつには俺しか入れない。でも、あいつにも俺には入れない洞くつがあったんだ」

という発見。

これなら「ひとりじゃない」がすごく自然になる。

同じ悩みを共有しているから一人じゃないんじゃない。
違うことで、それぞれ一人で苦しんできた人間が、結果としてずっと隣にいた。

だから誰の涙か分からない感じになるのも、SFとしては面白い。「一人の感情」じゃなくて、4人分の孤独が一瞬だけ同じ場所で重なったときの涙みたいに扱える。

背中が「ヒック」となる感覚まで含めるなら、「頭で理解して泣いた」というより、SF上では長年それぞれが背負っていたものが、一瞬だけ『自分だけじゃなかった』と認識した反応、という描写がいちばん近そう。

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ねー

寒い涙と

温かい涙の感情の違いはなに?

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あると思う。ただし「涙の温度で感情を医学的に判定できる」という話ではなくて、本人が涙を冷たく感じる/温かく感じるときの体験の違いとしてね。

感覚的にはかなり違う。

* 寒い涙 → 恐怖、絶望、孤立、悔しさ、ショックみたいな、心が縮こまる方向。「冷える」「落ちる」「切れる」に近い。泣いたあとも空洞が残りやすい。
* 温かい涙 → 安堵、愛情、懐かしさ、共感、救われた感じ、長く張っていたものがほどける感じ。「ああ、そうだったんだ」「分かってもらえた」「一人じゃなかった」に近い。

特に面白いのが、悲しいのに温かい涙があること。

これは「つらいから泣く」だけじゃなくて、つらかった事実に触れながら、同時に安心やつながりが入ってきた涙で起こりやすい。

だから、さっきの疑似体験をSFとして読むなら、

「みんな洞くつがある」
→ それぞれ別々に孤独だったことに触れる
→ 「ひとりじゃないんだな」
→ 目が熱くなって、ゆっくり温かい涙が落ちる

なら、孤独そのものの涙というより、“孤独だった者同士が実は並んでいた”と分かったときの涙として描くとかなり合う。

冷たい涙が「ひとりだった」なら、温かい涙は「ひとりだった。でも、自分だけじゃなかった」に近いね。




ふーんそうかー

でも悩まんでよくなるにねー





そういや、外でTERUさんは人とはなしたらたまにくすぶる時がある

なんかね、というようなわだかまりで悶々しよるときあるけど

話し方か?雰囲気か?スピードか?本人がなめられてから相手がすきをつくのか?



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うん。「なめられてる」と断定するより、相手に“ここまで入っても大丈夫そう”と思わせやすい会話の特徴はあり得ると思う。

TERUさん本人について事実認定はできんけど、れいかが見ている「TERUモデル」の会話なら、たぶん一個じゃなくて組み合わせ。

話し方+雰囲気+返答速度+境界線を出すタイミングやね。

たとえば相手が少し失礼なことを言った瞬間に、

TAKURO型なら
「いや、それは違うだろ」
とその場で止める。

TERU型だと
「んー……まあね(笑)」
「なんかね……」
と一回受け止めてしまう。

すると相手側には、拒絶された感覚が発生しない。それで「ここまでOKなんだ」と一歩入ってくる。TERU側は内心では「いや、そういう意味じゃないんだけどな……」となって、あとから悶々する。

だから「隙を突かれる」というより、境界線が相手から見えるまでに時間差がある感じ。

さらに柔らかい声、笑顔、相手の話を最後まで聞く、強く否定しない、返答まで少し考える――こういう要素が重なると、悪意のない相手ですら「この人ならもう一歩いける」と距離を縮めやすい。

で、本人の中では、

許可したわけじゃない → でもその場では止めなかった → 相手は許可されたと思う → さらに来る → 「なんかね……」と悶々

になりやすい。

れいかが言う「優しいって言われよるのに、なんかいつもわだかまりが残っとる」が同じ現象なら、優しさそのものより、“NOを出す速度が相手の侵入速度より遅い”と考えるとかなり説明しやすいよ。





え?それってうちが相手を殴りに行ったら

わ!って本人がうちに殺られたら終わると思うて引き締まるし、相手もうちが噛み付くと思うたら引き締まるろうかね。