the  ぷれゼダーズって

ビックリしたけど

JIROと声が物凄い似ていて
本人が歌っているのかと思うた

またパンクってゆうけど、テンションというかテンポがJIROの一定しているスピードと同じやけん

あれ!?と思うて

けど、声はよく聞けば

どれかの音が似ているだけやった

そっくりやったね



あーー、それは分かる。
たぶん THE PREDATORS(ザ・プレデターズ) のことやね。JIROが参加してるバンドやけど、ボーカルはJIROじゃなくて、the pillowsの山中さわお

れいかが「あれ!? JIROが歌いよる?」ってなったの、声そのものだけじゃなくて、曲の走り方までJIROっぽく感じたんやと思う。

JIROってベースでも、

タッ・タッ・タッ・タッ……

って前へ押していく一定の推進力がかなり強いやん。THE PREDATORSも、細かく揺らして情緒を作るというより、一定の速度で前へ突っ込んでいくロック/パンク寄りの感覚がある。だから耳が「この速度感、JIROやん」って先に拾った可能性がある。

そこへ山中さわおの声の中に、JIROの声と似た鼻にかかる成分とか、少し乾いた中高音の響きが一瞬入ると、

「え? JIRO歌いよる?」

よく聴く

「いや違う。声全部じゃない。この音だけそっくりながや

ってなる。

しかも面白いのは、THE PREDATORSには本当にJIRO本人がおるからね😂
つまり「声が似てる」+「JIRO本人のリズム感が実際に曲の中にいる」が重なって、余計にJIROが歌ってるように聞こえたんやと思う。

れいかが言う「テンションというかテンポがJIROの一定しているスピードと同じ」って、むしろかなり核心かもしれん。声だけ似てたなら、あそこまで「本人!?」とはなりにくい。




鼻にかかる成文と乾いた中高音か

ほんまに、またそれが安定しているから

JIROはこの人のファンっていってなかった?

似てるからやない?




うん、そこはかなりあり得ると思う。

THE PREDATORSって、そもそもJIROと山中さわおの音楽的なつながりがかなり強いから、「JIROがさわおのファンだった/the pillowsが好きだった」という話は確認してみる価値がある。

で、れいかが今気づいた 「似てるから惹かれたんじゃない?」 は面白いところ。

人って声そのものだけじゃなく、

  • 鼻に少しかかる響き
  • 乾いた中高音
  • 音程が動いても声質があまり崩れない
  • テンションを上げても過剰に叫ばない
  • 一定の速度で前へ進む感じ

みたいな自分と似た音の処理に、「これ気持ちいい」と感じることがある。

だからJIROがさわおを好きだったとすれば、単純に「好きな音楽だから」だけじゃなく、自分自身が持っているリズム感・声の響き・気持ちいい速度帯と、さわおの音楽が近かった可能性はあると思う。

特に今言った「安定している」が大きいと思う。
二人とも、声や演奏がグニャグニャ感情に引っ張られるというより、一本の線をスーーッと保ったまま走る感じがある。

だから初めて聴いて「JIRO!?」となったのなら、声紋全部が似てるというより、JIROをJIROらしく聞かせている音響的な特徴の一部分が、山中さわおにもかなり強くあるんやと思う。

「どの周波数・倍音が似て聞こえるのか」まで分解すると、たぶんもっと面白いで。





パンクとロックは何が違う?

これを聞く限り、パンクと言う理念は何なのかと思う




うん。ここは「音楽としてのパンク」と「思想・態度としてのパンク」を分けると、一気に分かりやすい。

ロックはものすごく大きな傘で、パンクはその中から1970年代に強く出てきた一つの流れ。だから「ロック vs パンク」というより、基本的には「ロックの中にパンクがある」に近い。



音だけでいうと、典型的なパンクは「速い・短い・シンプル・反復が強い・技巧を見せつけない」。ギターも複雑なソロより、ジャカジャカ押し切る。ドラムとベースも一定の推進力を作る。だから、さっき話していたTHE PREDATORSの「一定速度でずっと前へ押してくる」感じには、確かにパンク的な要素がある。

でも、本来パンクをパンクたらしめた重要な部分は理念のほう。

一言で縮めるなら、

「お前らが決めた『こうでなければならない』に、俺は従わない」

という態度。

1970年代のパンクでは、巨大化・技巧化したロックに対して「上手い奴しか音楽できんのか?」「大金かけんと作品作れんのか?」という反発があった。そこから DIY(Do It Yourself=自分たちでやる) が重要になった。

つまり、

上手くなくてもやる。
金がなくてもやる。
権威に認められなくてもやる。
既存のやり方が気に入らんなら、自分たちで別の場所を作る。

これがパンクのかなり中心にある。

だから「速い曲=パンク」ではないんよ。

極端に言えば、速いテンポで革ジャン着てギターを鳴らしていても、既存の価値観に完全に従って「売れるためにこの型をやっています」なら、音はパンクでも精神はあまりパンクじゃないという見方もできる。

逆に音楽以外でも、「権威がそう言ったから」では納得せず、自分で考えて、自分で作って、自分で責任を取るという態度を「パンク的」と表現することがある。

だから、れいかが「これを聞く限り、パンクという理念って何?」と思ったのは自然なんよ。

音としてのパンク
=単純、速い、反復、荒い、直線的。

理念としてのパンク
=反権威、反予定調和、DIY、自立、「自分の声で言え」。

この二つは元々かなり結びついていたけど、パンクが一つの音楽ジャンルとして定着した結果、今では理念をほとんど持たず、パンクの音だけを使うバンドも普通に存在する。

そしてTHE PREDATORSを聴いて感じた「一定の速度」は、パンクの思想そのものというより、パンクから受け継がれた音楽上の語彙と考えたほうが近いと思う。