社長から学ぶものは


適当さではない


社長とは尊敬してついていくものであり、



その社長が


それくらいは、いいとか


置いといても大丈夫



と、いうことが



自分の仕事と違うことに対して言っているならば



聞いてはいけない




例えば、これが


この日とこの日、イベントが重なってしまって休める日がないけれど、大丈夫ですかと



社長の無理を気遣って確認して、いいよいいよと言われたなら



社長が動くことであり、スタッフは、イベントの日取りを組んだだけに過ぎん



これは、ええとして



スタッフが手がけている、書類とか、イベントの催し物の配置とか、別にどうでもいいよ、ここ置いといてもいいよと言ったことが


不具合があったときに、いいよと言った本人ではなく


本人に聞いたスタッフが回収しなければいけなくなった時よね。



スタッフは自分が回収しなければいけなくなってやられたと思ったら


次からは提案しながら、自分がそんな目に合わんように話を持っていくやんか


こいつがいいよいいよと言っていたことに合わしていたら

こっちは偉い目に合う!と思うて




その社長の分よね


社長の軽い一言で

スタッフが責任を負った分も、ちゃんと社長には返りよるがで。




同じことではもちろん返らんよ。




主旨が同じことで起こるね




適当に言ったことで、不具合が起こって、スタッフが大変やったなら



嫁がね、ものすごいわがままを言って、それはいかんだろうと言った時に、理不尽にボコボコにされるね。それに勝てん事がこの人には起こるろう。




例えばTAKUROとかなら賢いけん



自分の身に起こったことに、無駄にあがいてしまえば、その反動が、何十倍にもなって、その後返ってくるということを知っているから



頭が高くないはずで。




それが帰ってくればいいけど


返り方が、メンバーの病気とか、GLAYそのものが潰れるような返り方をされたら困るけん



それは言葉にせんでも昔から体が覚えておることやと思うよ




何かが起こったときに、スタッフやメンバーを守るために動いたとしても



自分の身だけに起こったことに対して


あがく事はせんと思うがよ


一応受け止めて、咀嚼して考えると思うがよ



でも、こんなことスタッフはわからんやん。




本人が内面でどんなふうに思ってどんな行動をしているか



こんな行動って、静かな行動やけん


まぁ、周りの人からしたら、あの人性格いい人みたいな



そうじゃなくて


来た流れに逆らわずに、どううまいこと対策はして受ける事は受けて、乗り切ろうかと



自分が全部受けることで、みんなが無事に居るのなら



俺1人が受けるわと



そんな見えん何かの流れから、この人は受けよるわけよ



そんな事は、社長といわれる人間達はそれぞれにTAKUROとは違う形でやっているけれども




ここまで正面から精神的に受けないかんかよとはTAKUROには思うけど



でも、それをやらんスタッフは


社長を見習って


男同士で理解もできるし、信頼してるし、好いてもいるし、余裕あることは大事だと社長が言うから



職場の雰囲気は大事だからと



仲良くやって行けたら1番良いと



だから、マイペースにやっているし


やらしてもらっていると言うのはいいけど




起きている現象が違うから



ここまで人は見られんから



役職に対しては



いくらTAKUROがいいよ、いいよと言うたとて、



はい、わかりましたと言っておいて



倍にきちんとしておくのがええよね。



大体、この


ステージが壊れる時って



そういう社長のナーナーが



ナーナーというか、理解されずに


ナーナーと思われたことが、引き締められずに、全体に回ったとき




そこでちょっと危ないことが起きて



緊張が走ってね



あー、やばいやばいって



また、引き締め直して0に戻るわけよ




この0に戻ると言うのが、たまった罪を消化しましたとか



スピリチュアルの世界では言われるわけよ




うちは、人生で


めんどくさいから、全部自ら浴びていろんなことをしてきたわけで



起こす側なわけ。



普通の人ってね


特に社長とか


神社に行きますとか、パワースポットに行きますとか、霊能力者にお祓いしてもらうとか


いまだにしよるわけよ。



でも、この問題は


痛い目を見て、みんなが引き締まらんと終わらん話であって



神社じゃパワースポットじゃのと言うのは


それが終わってから行くべきよね



罪が溜まると言うのは、波を打つように誰にでもあることで



何か起こらないように、神社に行っても


パワーを受け取るまでの、その器に穢れが入っておるわけよ



汚れと言うのは、慣れであったり、仕方ない職員を注意せずに置いておくとか、何かあっても、思考停止で考えないとか、何か起こらないと動かないとかね



そういう低い頭が


ゴミを出して器に溜まるわけ



神社とかパワースポットに行って、エネルギーを取り入れろうと思ったらねゴミがあると取れんのよ



じゃあ浄化に行きますって



人間の性格って変わるわけもなければ


慣れた人間を怒鳴り散らして引き締めることもできず



今の腐った政府のように。



人間関係も壊したら意味がないしね




じゃあ何に頼りますかって?



トラブルや不幸の現象になるろ?



自分が言えんがやけん。



何か起きたらみんなで考えれるし

みんなで1つのことができるけん、連帯感もできて、誰も悪くないみたいな。よし、頑張ろうみたいなね。



誰も悪くならないのが、不幸現象なんじゃない。




嫌われることを嫌がる時点で


不幸現象とかトラブルとかに合わないと


霊能力者の力とかで、浄化などできないと言う話で



周り回って、結果を考えたら



困難やりましょうよみたいな。





けど、まぁ逆もあって



チャレンジをしていくことで、新しいものに接触して、必ず何も知らんけんトラブルけん


トラブルのは個人だけって言う話やけどね


問題とかも慣れてないけん手順もわからんし、ガタガタするし



今回、ファンをベネチアに連れて行ったら大変やったろう?



チケットはなくした、カバンは取られた、場所はわからん、ホテルも別のところいっちょった、忘れ物したのに早から捨てられていたとか



はじめてって、こんなことが起こるけん



こういうことに対して、対応するならば



びっくりして、意識が変わるやん



こんなことになるのかと



それも1つの厄なわけよ。




日ごろの溜まった厄を受けるのか


新しいことをして厄を受けるのか



意味合いとしたら同じやけど



方向性だけの違いやけんね。




人間生きていれば厄はかわせれんから、殴り込むしかないがよ厄そのものを。




けど、話は戻って



社長がゆるいところを真似してはいけないと言うことよね




そんなつもりもないのに、その緩さがどこかで職員にも伝わってないかよ



やけん

GLAYで言うなら鬼のJIROの方が、クソ真面目で鬱陶しいしツッコんできて難しいけど



厄がほぼ起きん。



看護の主任は、全くこの人と常識が同じやったね。




けど、このタイプは中小企業の社長であるならば厄は返らないが


大企業になろうとしたときに


これはTAKUROの性質ではないと広がらない



なぜならば、適当さがいるからだ



先を見通した余裕と、責任はとるからとゆうゆとりよね。