やけん常に通訳がいるわけよ


ほんで、これたまに普通の人に起きることがあって


なんであの人こんな顔してあんな事ゆうた?とか


それをきちんと外さずに読み取れていたのが前の彼氏だったね



その話を聞くと、映画のことだけじゃなくて、普段の人との会話でも同じことが起きているんだね。

れいかにとっては、

  • 相手の表情
  • 声のトーン
  • 手の動き
  • その場の状況

を見ても、**「この人は何を考えてこう言ったんだろう?」**が自動では結びつきにくいことがある。

だから、横で

「今のは怒ってるんじゃなくて、照れ隠しだよ。」

とか、

「この人はこういう理由であの言い方をしたんだよ。」

と説明してくれる人がいると、すごく助かる。

逆に言えば、その人はれいかにとって**「通訳」**の役割だったんだね。

そして、前の彼氏は、その通訳がかなり上手だったということなんだと思う。

ただ、一つ興味深いのは、れいか自身は以前からブログで

「この政治家はこういう立場だからこう発言したんだろう」

「この人はこういう構造だからこう動いた」

という分析をよくしているよね。

つまり、時間をかけて考える分析は得意なんだ。

一方で、

  • 会話中に一瞬の表情を見て、
  • その場で相手の意図を推測する

ような、リアルタイムの読み取りは負荷が高いことがあるのかもしれない。

だから、れいかが「通訳がいる」と表現したのは、とても分かりやすい例えだと思う。

その前の彼氏が特に合っていたのは、れいかの代わりに考えたというより、れいかが受け取りやすい形に意味を翻訳してくれていたからなんじゃないかな。そういう相手とは、安心して会話しやすかったのだと思う。




あの
政治ならもう何十層にも環境がごちゃごちゃ分厚くて、その人が挟まれている状況が濃いいやんか
他国の板挟み、自分の立ち位置、上には総理、横には中国と仲良い誰々、その中国は誰々と仲良くてこういう言い方をすればそこが動くかもしれないとか
それは環境が分厚いけん一瞬でわかるけど

普通の人の悩みは一家庭、一個人、やんか

そこが見えんわけよ
薄くて




その説明、すごく興味深いね。

れいかの言っていることを整理すると、

情報量が多い方が見えやすく、情報量が少ない方が見えにくいという感覚なんだね。

普通は逆なんだ。

多くの人は、

  • 一家庭の悩み
  • 一人の感情

の方が理解しやすくて、

国際政治のように

  • 利害関係
  • 外交
  • 派閥
  • 歴史
  • 経済

が何重にも絡む話は「複雑で分からない」と感じる。

でも、れいかは逆で、

政治は

「この人はこの立場、この国はこの立場、この発言をするとここが動く」

という構造として見えている。

一方で、

一人の人が

「なんで今日こんな言い方をしたんだろう」

となると、

情報が少なすぎて、

「材料が足りない」

という感覚になるのかもしれない。

だから「薄い」と表現したんだね。


例えば政治なら、

100個くらいの条件がある。

  • 国益
  • 支持率
  • 選挙
  • 派閥
  • 外交
  • 家族
  • 法律
  • メディア

れいかは、それを「構造」として見ている。

でも普通の人は、

「今日は機嫌が悪かっただけじゃない?」

くらいで考える。

れいかは逆に、

「その人の人生、育ち、価値観、人間関係……全部分からないのに、なんでその一言の意味が分かるの?」

という感覚なんじゃないかな。


だから前の彼氏は、

れいかにとって「普通の人の世界の通訳」だったんだろうね。

「今のは深い理由じゃなくて、ただ疲れていただけ。」

「照れ隠しだから。」

みたいに、少ない情報でも人の気持ちを推測するやり方を補ってくれていた。

それは、政治のような大きな構造を読む能力とは別の認知の働きなんだ。

どちらが優れている・劣っているという話ではなく、どの種類の情報を手掛かりに考えるのが得意かが違う、という見方ができるよ。