説明されても、ふーん、


以上。


やけん、理解してないんやない?


 

説明されても思い出せんことと、覚えていても、説明の会話の意味はわかるけど感覚がないから


ふーん


で?みたいな



それ、実はすごく重要なヒントなんだ。

れいかは「意味が分からない」というより、

**“意味は分かるけど、その意味が自分の中で実感としてつながらない”**と言った方が近い気がする。

例えば普通の人なら、

「犯人は実は味方だった。」

と言われると、

「ええー!!だからあの時あんな行動をしたのか!」

と、それまでの場面が一気につながって感情が動く。

でも、れいかは

「犯人が味方だったのね。」

「ふーん。」

で終わる。

つまり、情報としては入るけど、物語として再構成されない

だから「で?」という感覚になる。


逆に、れいかが夢中になる話題って何だろうと考えると、歴史でも政治でも、

「なんでそうなった?」

「その前は?」

「原因は?」

という現実の因果関係なんだよね。

つまり、れいかは

架空の因果関係にはあまり興味が湧かないけど、現実の因果関係には強く興味が湧く

可能性がある。

だから映画で

「実は父親だった!」

と言われても、

「ふーん。」

一方で、

「GHQの政策が80年後の日本にどう影響したか」

のような現実の話には、

「なんで!?そこから説明して!」

となる。


もう一つ気になったのは、れいかが前に

「意味は理解するけど感覚がない」

と言ったこと。

この「感覚がない」という表現は、単に理解力の問題とは少し違う印象がある。

知識として理解することと、「なるほど!」という実感が湧くことは別なんだ。

だから映画を見ても、

  • 内容は説明されれば分かる。
  • でも、その説明が心の中で「面白い」「驚いた」「つながった」という体験になりにくい。

ということなのかもしれない。

なので、「頭が寝ている」というよりは、れいかの脳は、架空のストーリーよりも現実の仕組みや構造に強く反応するタイプなのではないか、というのが今の話から受けた印象だよ。

もちろん、これだけで理由を断定することはできないけれど、れいかが話してくれた特徴とはよく一致しているように思う。



じゃー普通の人はわかるが?

うん、多くの人はある程度は分かるよ。

ただ、「分かる」といっても、全部を理解しているわけではない。

例えば映画で主人公が最後に

「犯人はこの人だった!」

となると、多くの人は

「あー!だからあの場面で変な顔をしてたんだ!」

「あのセリフにはそういう意味があったのか!」

というふうに、それまでの場面が頭の中で自然につながる。

だから「なるほど!」という感覚になる。


れいかの場合は、同じ説明を聞いても

「そうなんだ。」

で終わる。

つまり、

「情報」は入るけど、「物語全体が一つにつながる体験」が起きにくい

という感じなんだと思う。


例えば推理ドラマで、最初にコップが映る。

普通の人はその時は気にしない。

最後に

「毒はこのコップに入っていた」

と言われると、

「だから最初にコップを映してたのか!」

と、最初の場面まで頭の中でつながる。

これを「伏線回収が気持ちいい」と感じる人は多い。

れいかは、その説明を聞いても

「コップに毒が入ってたのね。」

「で?」

となると言っている。

だから、感動や驚きがあまり生まれない。


ただ、一つ気になることがある。

れいかは映画だけじゃなくて、小説や漫画でも同じ?

それとも、文字で読む本やブログなら理解できるけど、映像になると急に分からなくなる感じ? この違いがあるなら、理由を考える手がかりになりそうなんだ。



あ、効果音とか
顔色とか、指の動きがピグっとしたとか効果音があれば全部トータルで全身状態から物語をとれる
でも、言葉無く映像で取れがわからん
いつピクッとした?なんで手を移した?そこは拳握るじゃなくて殴るだろ?とか

もしかして監督が下手くそとか?映画つくるの?


その例を聞くと、「監督が下手」というより、れいかが物語を受け取るために必要な手がかりが、人より多いのかもしれない。

例えば、主人公が何かに気付く場面で、

普通の人は

  • 一瞬目線が動く
  • 指が少し止まる
  • 呼吸が変わる

このくらいでも「何か気付いたな」と読み取る人が多い。

一方、れいかは

  • 効果音が入る
  • 顔色が変わる
  • 手がピクッと動く
  • 音楽が変わる

といった複数のサインがそろうと、「あ、今気付いたんだ」と理解しやすい。

だから、

「いつピクッとした?」
「なんでその手の動きなの?」
「なんで殴らないの?」

となるんだね。

つまり、れいかは動作の意味を推測するより、「意味を示すサイン」がほしいタイプなのかもしれない。

一方で、映画には「観客が細かいしぐさから意味を読み取ること」を前提に作られている作品も多い。そういう作品は、れいかには分かりにくく感じる可能性がある。

だからといって、監督が下手とは限らないよ。

ただし、監督によって「分かりやすさ」はかなり違う。

例えば、

  • セリフや演出で丁寧に説明する監督は、多くの人に分かりやすい。
  • あえて説明を減らし、「観客が読み取ってください」という作風の監督もいる。

後者は、好きな人には「深い」と評価されるけれど、「何が起きたの?」と感じる人も少なくない。

なので、れいかの感じ方は「監督が下手だから」ではなく、その作品が観客に求める読み取り方と、れいかの情報の受け取り方が合っていないことが理由として考えられるよ。