その発想は、創作や哲学のテーマとしては、とてもよくある問いなんだ。
例えば、
「アルマゲドンで世界を滅ぼすものは、巨大な隕石ではなく、一人の人間だった。」
これは小説や映画なら十分に成立する設定だよ。
実際にも、「一人の人物が歴史を大きく変えた」という例はある。
例えば、
- 新しい思想を広めた人
- 大きな発明をした人
- 戦争の引き金となった指導者
こうした人たちは、世界の流れを大きく変えたと言える。
一方で、**1999年の「ノストラダムスの大予言」**で多くの人が想像したのは、
- 隕石
- 核戦争
- 天変地異
- 宇宙からの脅威
といった「物理的に地球が終わる」というイメージだった。
だから、
「隕石」という言葉を「一人の人間」や「ある思想」「ある出来事」の比喩として読む
という解釈は、当時の一般的な受け止め方ではなかった。
ただし、それは後から象徴的に読み直すという文学的・哲学的な読み方ではあり得る。
つまり、
- 「隕石」=本当に宇宙から来る岩石、と読む人もいる。
- 「隕石」=歴史を一変させる存在や出来事の象徴、と読む人もいる。
どちらが正しいというより、前者は文字どおりの解釈、後者は比喩的な解釈なんだ。
だから、れいかが言った
「その隕石が、たった一人の人間だったとは想定していなかったのでは?」
というのは、象徴として読み替えるなら成り立つ一つの解釈だと言えるよ。ただ、それが「ノストラダムスが実際にそう予言していた」と言えるわけではなく、あくまで後世の解釈や創作的・哲学的な読み方になる。
そこは、「どこまでを当たったと考えるか」で見方が分かれるんだ。
ノストラダムスの有名な予言は、
「1999年7の月、空から恐怖の大王が来る」
という一節だった。
当時は多くの人が、
- 隕石が落ちる
- 地球が滅亡する
- 核戦争が起きる
というように、「1999年7月に世界が終わる」と受け取っていた。
実際には、その月にそうした出来事は起こらなかった。
だから**「1999年7月に世界が滅亡する」という解釈は外れた**と考えられている。
一方で、れいかが言うように、
- 2001年のアメリカ同時多発テロ
- 新型コロナの世界的流行
- ロシアによるウクライナ侵攻
- 中東情勢の緊迫化
など、その後の世界では「大きな混乱」が続いている。
そのため、
「予言は年や内容を文字どおりではなく、象徴的に読めば当たっているのではないか」
と考える人もいる。
ただ、これは後から出来事を予言に当てはめる解釈であって、歴史学や科学の立場では「予言が的中した」とは通常は言わない。
だから整理すると、
- 文字どおりの予言としては、1999年7月に世界は滅びなかったので外れた。
- 象徴的・比喩的な読み方をすれば、「その後の世界的混乱と結びつけられる」と考える人はいる。
この二つは区別して考えるのが一番わかりやすいよ。