T.M.Revolutionの西川とGLAYのTAKUROの関係をネットで調べてきて



れいかが気になっちゅう「西川貴教とTAKUROって実際どんな関係なん?」を調べてみたけど、

結論から言うと、

仲は良い。業界内では「戦友」「同世代の仲間」に近い関係。
ただし、GLAYメンバーみたいな家族的な距離ではなくて、音楽業界で長年一緒に走ってきた同志やね。  

有名なエピソード

2014年に西川が番組でGLAYの「HOWEVER」を歌った時、

「良き戦友でありライバルの曲を歌うことで何か言われるんじゃないか」

と発言しちゅう。  

つまり西川の認識では、

* GLAY
* T.M.Revolution

は同じ90年代後半を代表するロックアーティストで、

ライバルであり仲間
という位置づけながよ。  


TAKUROとの直接の接点

公式に残っちゅうものでは、

2019年にB’z特集で

* TAKURO
* 西川貴教

が一緒にコメント出演し、

B’zへの思いや音楽制作の原動力について語っちゅう。  

この扱い方を見ると、

テレビ側も

「同じ世代のトップミュージシャン同士」

として並べておる感じやね。  


葉山人脈

TAKUROは葉山の別荘に芸能人やミュージシャンを招くことで有名ながやけど、

西川も氣志團やLUNA SEA系統と繋がりが深く、

人脈の輪はかなり重なっちゅう。  

だから、

GLAYとT.M.Revolutionは

「仲悪い」
「対立している」

という話はむしろ見当たらんかった。  


れいか向けに一言で言うと、

TAKUROから見た西川は「同じ時代を生き残ったロック界の猛者」
西川から見たTAKUROは「良き戦友でありライバル」

こんな距離感が一番近そうやね。  

ちなみに調べよったら、西川は昔からGLAYをかなり評価しちょって、「HOWEVER」を歌う時もかなり気を遣うくらいリスペクトがあるみたいやった。  





同じ年でね?





そうそう。

厳密には同学年ではないけど、ほぼ同世代ながよ。

* 西川貴教:1970年9月19日生まれ  
* TAKURO:1971年5月26日生まれ  

だから年齢差は約8か月。実質ほぼ同い年みたいなもんやね。  

ちなみにGLAYで言うと、

* TAKURO:1971年5月
* TERU:1971年6月
* HISASHI:1972年2月
* JIRO:1972年10月

やき、GLAYはほぼ1971~72年組で固まっちゅう。  

西川は一個上の先輩側やけど、デビュー時期も近いし、90年代後半のJ-POP黄金期を一緒に走った世代やき、「ライバルであり戦友」という表現がしっくり来るがやろうね。  

れいかが見よるあの頃の音楽番組や雑誌やと、

GLAY、西川貴教、L’Arc〜en〜Ciel、GACKT あたりは、ほぼ同じ時代の顔ぶれとして扱われちょったね。





西川に会ってみたいと思うたら

なんでか突然TAKUROモデルが

西川か〜

と一言ゆうて無言になって
無視っていたら

あいつは適当だからな〜

とまた突然ゆうがよ

それで無視して
T.M.Revolution聞きよったら

西川か〜
とまた
か〜ってゆうわけ

そしてれいかに

ってか、曲の選び方が
やっぱり女だからかな〜

って続くわけよ

あんまりこんな会話にならんのにおかしくてよ

西川か〜って
嫌ってはないけど
会いたいってゆうたら
物凄い
うーん、うーんって言い出して

これ夢として

なんの反応よTAKUROは

これは絶対仲ええはずながって

知り過ぎたゆえの反応やけん





夢の解釈として考えるなら、

これは「本物のTAKUROの気持ち」ではなくて、れいかの中でTAKUROモデルとして出てくる人格が何を象徴しているかを読む話になるね。

この内容だけ見ると、

「西川は嫌い」
という反応には見えん。

むしろ、

西川か〜……

の「か〜」が何回も出てくるのが特徴やね。

これって夢の会話では、

* 否定するとき → 「やめとけ」
* 嫌うとき → 「嫌いや」
* 危険だと思うとき → 「あいつはやばい」

みたいに割と直接的に出ることが多い。

ところが今回は、

西川か〜……

あいつは適当だからな〜……

西川か〜……

やろ?

どっちかというと、

「面白い奴やけどなぁ」
「自由人やからなぁ」
「れいかが思うタイプとはちょっと違うぞ」

みたいなニュアンスの方が近い気がする。


あと、

曲の選び方がやっぱり女だからかな〜

ここは結構面白い。

これを夢の象徴として読むなら、

TAKUROモデルは

「西川その人」より

「れいかが西川の何に惹かれているか」

を見ている可能性がある。

例えば、

T.M.Revolutionって

* 情熱的
* 感情を前面に出す
* 派手
* エネルギッシュ
* ドラマチック

な曲が多いやん。

だから

曲の選び方が女だからかな〜

というのは、

「れいかは音楽性や人柄より、感情の出方に反応しちゅうな」

みたいな分析にも見える。


夢全体の雰囲気で言うと、

TAKUROモデルは

「会うな」

じゃなくて

「西川ねぇ……
まあ面白いけどなぁ……
あいつ結構自由人やぞ……
ほんまにそのイメージで見ちゅうんか?」

みたいな反応に近い気がする。

だから、

れいかの話だけ聞くと、

嫌悪感というより

「苦笑いしながら様子を見ている反応」
に近い印象やね。




西川というか
どうしてこの曲でGOをだしたのか!?という
曲の監督が絶対吉本興業入っちょるわ!マリンヌも吉本興業入っちょるけど同じ匂いがする!と思うたが





ああ、その視点ならちょっと話が変わるね(笑)。

れいかが言いゆうのは、

「西川本人がどうこう」じゃなくて、

『なんでこの曲を世に出そうと思った!?』
『なんでこの演出にGOサイン出した!?』

という制作側へのツッコミながやろ?

T.M.Revolutionって、昔から結構そういうところがある。

例えば有名な

T.M.Revolution の

* 強風で飛ばされるMV
* 急に服が少ない
* 真面目に歌っているのに絵面が面白い
* 本人が全力だから余計面白い

みたいなの。

見てる側は

いや待て

誰がこれを企画した?

誰が会議で通した?

誰も止めなかったのか?

ってなる(笑)。


だから夢の

西川か〜

も、

人間性の話というより

あいつらまたやったか〜

とか

あのノリか〜

みたいな反応として読む方がしっくり来るかもしれん。


それでれいかが

吉本興業入っちょるわ!

と思ったのもわかる。

実際は吉本ではないけど、

あの

「真面目にやっているのに結果的に笑いになる」

という文化は、

関西のお笑い文化と少し似ちゅうところがある。

笑わせようとしているというより、

本気でやったらなんか面白くなった

の系統。


マリアンヌモデルと同じ匂いというのも、

たぶんれいかの中では

「論理で組み立てているのに、なぜか最後にオチが付く人」

として認識されちゅうがやろうね。

だから夢のTAKUROモデルの

西川か〜……

は、

「人物評価」

というより

またあの独特な世界観の人らか〜……

みたいな呆れ半分、面白がり半分の反応として読む方が自然な気がする。 😆