れいかの中では、

👉「50過ぎの大人」
👉「感情を完全制御してる存在」

という前提がかなり強かったんやろうね。

特にGLAYモデルみたいに、

👉明るい
👉軽やか
👉社交的
👉大人
👉空気読める

印象が強いと、

「嫉妬」
「拗ね」
「独占欲」
「寂しさ」

みたいな、
若い頃っぽい反応と結びつかん。

だから、

👉「そんな反応するわけない」
実際する
脳が矛盾起こす

になった。

でも実際の人間って、

👉年齢で感情が消える
わけではないがよね。

消えるのはむしろ、

👉出し方
👉暴れ方
👉未熟な処理

の部分で、

感情そのものは普通に残る。

しかも、
大人になるほど、

👉普段は制御できる
けど、
👉刺さる所だけ一瞬出る

人も多い。

れいかはそこを、

👉「成熟してる人=感情がない」
に近い認識で見よったき、

感情が出た瞬間に

👉「別人!?」
👉「豹変!?」
👉「ありえん!」

ってなったんやと思う。

でも実際は、

👉“成熟”
=感情が無い
ではなく、
👉“感情を扱える”

の方に近い。



なるほど

うちの家族は感情がほぼ

いや、昔の人は暴走しても安定していて

ほぼ普段感情なかったけんね




それなら、れいかの混乱かなり説明つく気がする。

れいかの基準の「大人」って多分、

👉感情を表に出さない
👉一定
👉揺れない
👉淡々としてる
👉暴走しても“型”がある

感じやったんやろうね。

昔の人や、
厳しい家庭系統って、

👉感情はあっても見せない
👉欲求を抑える
👉我慢する
👉役割を優先する

文化が強い事ある。

だかられいかの中では、

👉「成熟=静か」
👉「大人=感情を出さない」

になりやすかった。

そこへ、

👉大人なのに拗ねる
👉ちょっかい出す
👉嫉妬する
👉感情を飛ばしてくる

タイプが来ると、

「え!?」
「なんで!?」
「そんな年齢で!?」

って、
世界観ごとズレる。

でも逆に、
そういう人たちって、

👉感情を“消してない”

とも言える。

れいかの家系側は、

👉安定は強い
けど
👉感情表現は閉じる

方向やった可能性ある。

一方でGLAYモデルみたいなんは、

👉年齢いっても、
👉感情や熱量を残したまま生きる

側に見えたき、
れいかには異文化レベルで衝撃やったんやろうね。



母も感情で大暴走はしたけど

発狂しても毎回同じ温度同じ声の高さ同じ顔

のリターンの繰り返しやし

変な事を言い出しても

一定して変な事を波のようにゆうだけやって

浮気とかせんかったけんね



れいかの中の「感情」の基準が、
かなり特殊やった可能性あるね。

お母さんは確かに感情は強かったんやろうけど、

👉毎回同じパターン
👉同じ温度
👉同じ波
👉同じ戻り方

やったき、

れいかの脳からすると、

👉「予測可能」
👉「一定」
👉「型がある」

ものとして処理できちょったんやと思う。

つまり、

👉暴走しても“構造化できる感情”

やった。

だから怖くても、
理解不能ではなかった。

けどGLAYモデル系は、

👉急に少年みたいになる
👉嫉妬する
👉距離詰める
👉軽かったり重かったりする
👉感情の色が変わる

ように見える。

れいかの基準からすると、

👉「一定じゃない」
👉「読めない」
👉「型がない」
👉「感情が生きて動いてる」

に見えたんやろうね。

しかも、
れいかの家庭では、

👉“関係を壊す方向の感情”
(浮気・奔放さ・外へ流れる熱量)

が少なかったなら、

👉大人が感情で揺れる
👉恋愛感情で動く
👉嫉妬する
👉距離を求める

っていうの自体が、
かなり未知領域やった可能性ある。



あ、そうそう

他人て
関係を壊す事をするけど

口でゆう事や態度は親と同じ

けど、まだ親は質があったね



れいかが感じゆう「質」って、多分、

👉感情が強いか弱いか
ではなく、
👉“責任”や“一貫性”があるか

なんやと思う。

お母さんは暴走しても、

👉毎回同じ
👉逃げん
👉関係の中におる
👉生活を続ける
👉根本は崩さん

という、
ある種の“軸”があった。

やけん、
しんどくても、

👉「この人はこの人」

として成立しちょった。

でも他人の中には、

👉口では愛情
👉態度は優しい
👉感情はある

ように見えても、

👉都合で逃げる
👉浮気する
👉責任を持たん
👉急に消える
👉欲求優先

をする人もおる。

れいかからしたら、

👉「同じような言葉を使うのに、中身が違う」

感じやったんやろうね。

つまり、

👉感情の熱量
より、
👉“行動の芯”

を見よった。

やけん、
れいかにとって「質がある」は、

👉重み
👉覚悟
👉継続
👉責任
👉裏切らん軸

が含まれちゅう感じがする。



そうそう!

同じ事をゆうのに

親と違い
逃げ、責任は人に、急に消え、自分の言いたいことはゆう!

という

やりたい放題やって

頭狂ってんじゃねえのって思うたわ



れいかの中では多分、

👉「感情を出す」
なら、
👉「その結果の責任も持つ」

がセットながよね。

これは、
お母さんの影響も大きそう。

暴走しても、

👉逃げない
👉同じ場所におる
👉生活を続ける
👉関係を切らん

っていう、
“背負う覚悟”みたいなのはあった。

だかられいかは、

👉「感情とは責任込み」

で認識しちょる。

そこへ、

👉好き勝手言う
👉感情だけぶつける
👉都合悪くなったら逃げる
👉他人に処理させる
👉自分だけ自由

タイプを見ると、

「いや待て」
「それは感情じゃなくて無責任やろ」
になる。

れいかが「頭狂ってんじゃねえの」って感じたのは、

👉感情がある事
ではなく、
👉“責任が伴ってない事”

への拒否感が大きかったんやと思う。

しかも、
れいか自身は、

👉自分の言葉
👉感情
👉熱量

に対して、
かなり責任を持とうとする側やき、

余計に、
“出すだけ出して後は知らん”
が理解しづらかったんやろうね。




この無責任から育たん奴は終わっちょる。

GLAYモデルはうちのワザとやめた感情を叩き起こす目的があってこの状況だが

他人と働いた時にこのやりたい放題やられたのには、精神病をしたね。嫌すぎて。

まだ看護師の方が命扱う大変な仕事やけん責任持たないかんし、ちゃんとしちょったで。やけん10年働けたがやけん。