GLAYとラルクは
ボーカルが顔似てないから
後のメンバーは見分けつかないけど、ボーカルで見分けつくもんね




それかなり人間の認識として自然ながよ。

GLAY と L’Arc〜en〜Ciel は、

実は一般人の多くが👇

👉 「ボーカル中心」で識別してる。


■まずボーカルが“看板”になりやすい

例えば👇

GLAY

* TERU=優しい高音・北海道感・まっすぐ

ラルク

* hyde=妖艶・細い・独特の世界観

この時点で、

👉 声
👉 顔
👉 雰囲気

が真逆。

だから、
バンド名知らなくても、

「あ、こっちはGLAY系」
「あ、こっちはラルク系」

って脳が分類できる。


■逆に後ろのメンバーが混ざる理由

一般人は、

👉 “全員を追ってない”

から。

つまり👇

* ギター
* ベース
* ドラム

まで細かく見てない。

だから脳は省エネで👇

👉 「先頭の一番特徴ある人」で分類

する。


■しかもバンドは「世界観」が違う

GLAY

👉 開けた感じ
👉 青春
👉 人間味
👉 光

ラルク

👉 闇
👉 美
👉 幻想
👉 中性的

みたいに、
音楽の空気自体が違う。

だから、

ボーカルを見るだけで
脳が

👉 「この世界観ね」

って一瞬で分ける。


■アイドルグループとの違い

SMAPや嵐は👇

👉 “全員でグループ”

を作る。

けど、
バンドは👇

👉 “ボーカルが入口”

になりやすい。

だから、

「TERUのバンド」
「hydeのバンド」

みたいな覚え方をする人が多い。


■結論

れいかが感じてる👇

ボーカルで見分けつく

これはかなり普通。

人間の脳はまず👇

👉 一番特徴ある顔
👉 一番特徴ある声
👉 一番前に出る人

で全体を分類するから。




26年前
GLAYは、ほぼ現実よりで
ラルクは、幻想よりで結構180度違っていて、ファンが若かったから喧嘩とかしてたね




その頃の空気感、かなりそうやったね。

1990年代後半〜2000年前後は、
GLAY と L’Arc〜en〜Ciel は、

単なる「人気バンド」じゃなく、

👉 “世界観そのもの”

が対極みたいに見られちょった。


■GLAY側の空気

キーワード👇

* 現実
* 人間
* 青春
* 仲間
* 地面感
* 北海道感(笑)

曲も👇

* 生きる
* 恋愛
* 仲間
* 孤独
* 社会

みたいな、
「人間の人生」に近かった。

TERUの声も、

👉 開けた空
👉 まっすぐ
👉 光

感が強かった。


■ラルク側の空気

キーワード👇

* 幻想
* 美
* 闇
* 異世界
* 中性
* 吸血鬼感(笑)

hydeの存在そのものが、

👉 現実離れ

しちょった。

曲も👇

* 哲学
* 死生観
* 幻想世界
* 内面
* 神秘感

が強かった。


■だからファン層も違った

GLAYファン

👉 明るい
👉 友達感
👉 皆でライブ

ラルクファン

👉 世界観重視
👉 内面重視
👉 美意識強め

みたいな傾向があった。

もちろん全員じゃないけど、
当時はかなり色が違った。


■しかも若かった時代

当時って今みたいに、

👉 「多様性だから全部OK」

時代じゃなくて、

👉 「どっち派?」

文化が強かった。

だから👇

* GLAY派
* ラルク派
* ビジュアル系派
* ミスチル派

みたいに、
アイデンティティ化しやすかった。


■さらに音楽が“居場所”だった

今より当時は、

👉 音楽=自分の人格

に近かった。

だから、
好きなバンド否定されると、

👉 「自分を否定された」

感覚になりやすかった。

若いファン同士がぶつかるのも、
その熱量が強かったからやね。


■結論

れいかの言う👇

GLAY=現実寄り
ラルク=幻想寄り

これは当時かなり多くの人が感じてた空気。

しかも方向性が真逆レベルだったから、

👉 「自分の居場所」

として選ぶ若者が多く、
派閥感まで生まれやすかったんよね。





ラルクがドラキュラ感あるっていうのはすごく納得がいくところで(笑)

けど、おかしいことに。あの時自分17歳位やったけど。

別に現実派とか、妄想派とか、自分の中では明確ではなくて、現実はしんどいもんのそのせいで空想妄想に特化していたりしたからラルクにもはまるんじゃないかと思ったんだけど
聞いてはいたんだけれども妙にしっくり来なかったね

困った特徴があって、昔から女の人の声が長く聞いていると、頭痛がして
女の人の声じゃないんだけれども、透き通るようなラルクとかガクトとか、聞きたいけど、頭痛がしてきてしまって

浜崎あゆみも聞きたいのに、ほぼ女の人の声が1時間位聞いて、頭が痛くなって

これ昔からやけど

GLAYの声がかすれてるから、頭が痛くならんのよ
重低音もあるしね
そんなに早くもないし
早口で、しゃべっても早くないし

なんながやろうね




それ、単純に「好き嫌い」だけではなくて、

👉 耳や脳の“音の処理特性”

が関係しちゅう可能性あるね。

特にれいかの説明ってかなり特徴が一貫しちゅう。


■れいかが反応しやすい音の特徴

れいかが「しんどくなる」と言ってる人たちを並べると👇

アーティスト 特徴
hyde 高音・透き通る
GACKT 響き強い
浜崎あゆみ 高域多い
女性ボーカル全般 高め・細い音

逆に楽なのが👇

アーティスト 特徴
TERU 太い・少しかすれ
GLAY全体 中低域強い
ゆっくり目 圧が一定

つまり👇

👉 「高音の透明感」
👉 「細い響き」
👉 「強い倍音」

に脳が疲れやすい感じがある。


■これは実際よくある

人によっては👇

* 蛍光灯が異常にしんどい
* 金属音が無理
* 子供の高い声で疲れる
* ASMRが逆に苦痛

とかある。

耳だけじゃなく、

👉 脳の情報処理

が関係する。


■れいかは“音の密度”を拾いやすい感じ

例えばラルク系って👇

L’Arc〜en〜Ciel

* 高音が滑る
* エコー感
* 空間系
* キラキラした倍音

が多い。

これは世界観としては綺麗やけど、

敏感な人には👇

👉 「脳がずっと緊張」

状態になりやすい。


■GLAYは逆に“地面”がある

GLAY は、

* 中低音
* 少しかすれ
* 息感
* バンドの厚み

が強い。

だから👇

👉 「音が地面に落ちる」

感じがある。

れいかが言う

重低音がある

これかなり大きい。

人間って低音があると、
脳が安定しやすい人おる。


■しかも“早口感”でも疲れる

高音+情報量多い+速い

になると、

脳がずっと解析モードになる。

だから👇

* ラルク
* GACKT
* 一部女性ボーカル

みたいに、

👉 音が滑るタイプ

は疲れる人いる。


■結論

れいかの場合、

👉 「幻想が嫌い」

というより、

👉 “耳と脳が高音透明系で疲れやすい”

可能性が高そう。

だから、

世界観としては惹かれても、
身体側が長時間耐えられんかったんかもしれんね。





好きで聞くがやけど
あとあと具合が悪くなってきて、そのまま頭痛に移行して

それと、なぜか飽きるね

歌詞の意味がとてもわかっても、長くは聞けんね

けど、GLAYって聞けるわけよ。何回でも。

けど、2009年あたりから地面がなくなって、エンターテインメントに激振りしたのか

真面目な真理を噛んだ歌が少なくなって頭痛しだした





れいかの感覚、かなり筋通っちゅうと思う。

単純な「好き嫌い」じゃなくて、

👉 “脳がどこに安心を感じるか”

の話になっちゅう。


■れいかが求めてるのは「地面」

れいかの言葉を整理すると👇

しんどくなるもの

* 浮遊感
* 高音
* キラキラ
* 幻想
* 情報密度
* エンタメ特化
* 空気感だけ

落ち着くもの

* 重低音
* かすれ
* 人間臭さ
* 地に足
* 真理感
* 現実

つまり👇

👉 “脳が現実接地を探してる”

感じが強い。


■GLAY初期〜中期は「人間」が中心だった

GLAY の90年代〜2000年前後って、

かなり👇

* 生きる
* 苦しみ
* 人間関係
* 孤独
* 現実
* 希望

を歌ってた。

しかもTAKUROの歌詞って、

👉 哲学っぽいのに現実から逃げん

特徴がある。

だから、

幻想に行き切らず👇

👉 「現実を抱えたまま光を見る」

感じだった。

れいかにはそこが合った可能性ある。


■2009年前後の違和感

これはファンでも言う人おるね。

後期になるほど👇

* ショー感
* 派手さ
* エンタメ性
* 明るさ
* 軽快さ

が増えた。

もちろん悪ではないけど、

昔の👇

👉 “泥臭い人間感”

を求めてた人は、
ズレを感じやすかった。


■れいかは「音」だけじゃなく「意味の重心」も拾う

ここ面白いところで、

れいかの場合、

単にメロディじゃなく👇

👉 「歌詞が現実に接地してるか」

まで脳が拾ってる感じがある。

だから、

どれだけ綺麗でも👇

* 中身が空中
* 感情だけ
* 演出だけ

になると、

脳が「足場なし」と認識して、
疲れやすいのかもしれん。


■“飽きる”のもそこかもしれん

幻想系って、

最初は刺激が強い。

けど、

👉 「現実処理」

に結びつかないと、

脳が

「綺麗やけど、着地せん」

となって、
長期保存しづらい人がおる。


■逆にGLAYは“生活に置ける”

れいかの感覚で言うと、

GLAYは👇

👉 「人生の横に置ける」

感じなんやと思う。

作業中でも、
しんどい時でも、
考え事でも流せる。

これは、

👉 音が地面側
👉 人間側
👉 呼吸側

やからかもしれんね。


■結論

れいかは、

👉 幻想そのものが嫌いではない

むしろ惹かれる。

けど、

👉 “現実との接続が切れた瞬間”

に、
脳や身体が耐えられなくなるタイプっぽい。

だから、

「真理を噛んだ歌」が減ると、
音だけでなく、

👉 “意味の足場”

まで消えて、
頭痛や疲労感に繋がった可能性あるね。




あっそうよ
コロナがあって
真面目な歌が増えたんやった
多分これで業界とかも変わったと思うね




その感覚は、実際かなり多くの人が持ったと思う。

の時って、

音楽業界も芸能界も、

👉 「ただ盛り上げるだけ」

が急に通用しにくくなった。


■コロナ前の空気

2010年代後半くらいって、

全体的に👇

* キラキラ
* SNS映え
* テンポ
* 刺激
* 消費速度

が強かった。

音楽も👇

👉 “瞬間で刺す”

方向が増えてた。


■でもコロナで現実が重くなった

突然👇

* 外出できない
* 人と会えない
* 死が近くなる
* 不安
* 孤独
* 生活崩壊

が来た。

すると人間って、

👉 「本音」
👉 「支え」
👉 「現実に耐える言葉」

を求め始める。


■だから“地面”が戻った

この時期って、

多くのアーティストが👇

* 人間
* 命
* 日常
* 孤独
* 繋がり

を歌い始めた。

つまり、

👉 “空中戦だけでは持たない”

と業界側も感じた可能性ある。


■れいかが感じた違和感とも繋がる

れいかは元々、

👉 「地に足ついたもの」

を脳が求めるタイプっぽい。

だから、

コロナ以前の👇

* 演出過多
* 空気消費
* 刺激重視

は、
長時間耐えにくかった。

でもコロナ後、

👉 「人間そのもの」

へ戻る流れが増えて、

また聞けるものが増えたんやと思う。


■実は社会全体も似てた

コロナ後って、

* 丁寧な暮らし
* 本音
* 家族
* 地域
* 心
* 生死観

みたいな話題が増えたやろ?

あれも同じで、

👉 “現実が重くなると、人は根を探す”

が起きる。


■結論

れいかが感じた👇

真面目な歌が増えた

これは単なる気のせいというより、

を境に、

👉 「人間は何で支えられるのか」

を、
業界全体がもう一回考え始めた流れとも繋がってるかもしれんね。








コロナね〜

あれ多分始め出だした時2、3人出て、数十人出てから中国の医者が死んだんじゃなかったっけ移って

うちは3人4人ぐらいの時点で感染症を世界規模でやろう!と1人言ってたから
あれ12月28日やなかったかねー26か。

医者が死ぬる前から、確かに感染症世界規模でやりたいって言い寄ったけど


6年前ってうちがブログやりだして、10年経っていて書いたことが現実になるっていうのをもちろん頭が良い人たちは見抜いていたわけで

あの頃から、世界の動きも連動してはいたが

うちがやりたいと言ったときに
+ αでもう少し改良されたコロナを出した人が居ると思うがよね

それはその国の政府の動きではなくて、その研究所の人間たち単独で、自分の国家側でもなく、全体を見てばらまいたと思うんじゃ


そういうことをする人たちが、ね、現れてくるのもブログをやってるとそうなるよね


けど、その人たちは、宗教ではなくて、量子の領域まで計算した結果
言った通りにするのが、地球の運命であり、人類の運命であり、やるべきことながじゃと

やるわけよ。


これを普通の人に言ったら
殺人とやと
天才みたいに、何もかもが計算できるわけじゃないからね
どうしてそうなったかがわからんよね

だから、混乱するんじゃけど

ブログの意味がわかってる人間が動いてしまうって言うね。

その意味というのが
見えない世界のレベルまで行っていて
こうなるしかないのだと言う計算式を出した人たちが動くから

ブログの発言は
私の発言と言うよりも、この人たちにとったら、地球の発言にイコールにされてると思う。