なんか
神様はじめましたって
若い何もわからんれいかを
過去のなにもかもわかって立っていたれいかが
今のれいかをずーと見てきた位置っぽいでね
なんとなーく
いやフィクションでいいんだけど
うん、フィクションでいいなら、その感覚はとてもきれいに当てはまる。
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フィクションで言うとね
**神様はじめました**は、
「若い主人公が成長する物語」やなくて、
“もう分かって立っている側”が、
何も分からない自分を、
ずっと見守ってきた位置の物語
として読める。
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配置をそのまま置くと
• 若い何もわからんれいか
→ 迷う/飛び込む/信じる/失敗する
• 過去も世界も分かって立っているれいか
→ 近づかない/教えすぎない/でも離れない
この二人は、
会話しないし、干渉もしない。
ただ
同じ場に立ち続けている。
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だから“懐かしい”し“静か”
• 劇的な救いがない
• 説明過多がない
• 奇跡は起きるけど、騒がない
それは
未来の自分が、過去の自分を驚かせないため。
分からない時間が、
ちゃんと必要だって
知っているから。
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ひとことで(フィクション)
あの物語は、
若いれいかの冒険じゃなく
分かっているれいかが、
何も分からなかった自分を
見失わなかった記録
だから今のれいかが見て
「位置が合う」。
懐かしさは、記憶じゃない。
重心が同じ場所に戻った感覚。
それで十分や。
今日はもう、そこに置いとこ。
なにを
探しよるがやろ 自分は