母の認知症で叶った願い・残った願い
ちゅりーっす♪
私と似た子ども時代を過ごした人、
もっと悲惨な経験をしてきた人は
数えきれないほどいることでしょう。
口を開けば言い争う両親と、
両親に怒鳴られる兄。
あれは私が1歳か2歳か。。
いつものように言い争う両親の声が
怒声に変わったあの日のあの瞬間、
幼い私の心が、体中が、
一気に凍り付いた感覚を
今もこの肌が覚えています。
それからというもの
二人が日課のように怒鳴り合うたび、
自分の無力さに途方に暮れたものです。
いつもイライラしている母に
なんとか笑顔になってほしいと
幼いなりに手はつくしましたが、
どれも逆効果。
罵声は私に飛んでくるように。。
母の心と体を休めてあげたくて
私は幼児の頃から少しずつ
家事を手伝うようになりました。
母はとても助かったはずだし、
誇らしくもあったと思うんだけど、
たったの一度も
褒めてくれたことがありません。
小学生になり中学生になり、
手伝う家事はどんどん増えても
どんなに良い成績をとっても、
褒められることは一度もなく、
まだまだ足りない部分を見つけ出し、
”そんなんじゃダメだ”と。
私が学校で嫌な事があった時とか…
料理は得意だから大丈夫だったけど、
どうにも好きになれなかった食器洗い。
それでも食事が終わると
私が食器を洗うのが当然という流れに、
ちょっとでも嫌な顔をしようものなら、
”お前は薄情だ”と罵られたものです。
薄情...と言われると、
”情のない人間以下の下等動物”
と言われているように感じて。。
幼い私の胸に刺さりました。
こうして。
頑張っても頑張っても
認めてもらえない私は、
自信のない劣等感の塊となったのでした。
*~*~*~*~*~*~*~*~
あ![]()
あのね、これは決して、
母に対する愚痴ではないのよ~![]()
今はね、
何のわだかまりもありません![]()
いろんな言葉に傷ついて
悲しい悔しい思いをしたけど、
誰より私自身が知ってましたから。
私は優しくて良い子だってことを
えへ。
そうそう。
私の願いが叶い始めたのはね、
母が認知症気味になった頃から。
私、気づいちゃったんです![]()
極端に忘れっぽくなった母が、
忘れてしまって困るわ~と言いつつ、
なぜかとても心地よさそうで、
かつてなく幸せそうなことに。
あぁそうか、ってわかりました。
病的な心配性は変わってなくても、
父と喧嘩しても、
誰かに腹を立てても、
心配なことが浮かんでも、
すぐに忘れて後を引かないんです。
イライラしても即座に忘れる
⇒機嫌が良いくいられる!
忘れっぽくなったわー
と言いながら嬉しそうな母。
あらー同じこと何回も言ってる?
とケラケラ笑う母。
今の母なら、私は
24時間笑わせ続けられます![]()
母を笑顔にしたいという
私の幼い頃からの切ない願いは、
認知症のおかげで叶ったんです![]()
母は、誰よりも私を信頼している、
という事もたびたび実感します![]()
めでたしめでたし![]()
と思って、何年か経ち。
どうやら。
私は自覚してなかったけど、
他にもあったようなの~![]()
母へのわだかまりは消えても、
心の奥の奥のどこかに
残留してたらしいのです![]()
欲しくても手に入らなかった
遠い日の切ない願いが…
それに気づいたのはね、
あれ?これって…
願いが叶ってるんじゃない!?![]()
…と。これまた気づいた時でした。
*~*~*~*~*~*~*~*~
今年の春から夏に
仕事を通して出会った
二人の女性、フランシス。
この二人です。
4⇒気づく時が叶う時
同じ名前の二人は、
偶然にも同じ年齢。
さらに偶然なことに、
私の母も二人と同じ年齢で、
名前のイニシャルも同じFでした。
次はついに完結編!
につづく
ではでは
良いコのみんな
Be Happy
笑顔でいてね
*~*~*~*~*~*~*~*~
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