得ることと、失うこと。
この数年間で得たもの、失ったもの
得たもの。
それは。
2004年。運命に導かれるまま出会い、
目に見えない大きな力に後押しされ続けているように感じる、
だぁりんと歩き始めた新しい人生。私たちのセカンドライフ。
そこは。
飾ることなく偽ることなく、私が心から「私自身」でいられる
初めての居場所。どこよりも心地よい、私の帰るべき場所。
私がこの人生で、はじめて、
「心からの笑顔」ができるようになったのも。
いつもいつも笑顔でいられるようになったのも。この時から。
そして。
私が新しい人生を見つけ、
日本と米国を行き来するようになったために、
実家に預けることになった、私の可愛い猫ちゃん二匹。
(母猫デリ&生まれて間もない子猫ラム♂)
その頃、
実家の両親は愛犬マリアを失くしたばかりでした。
二匹の猫たちは、どれほど両親の心を癒してくれたことでしょう。
私のブログに、時々デリ(母ネコ)の写真を載せていますが、
ラムの写真はないでしょ?ラムは見た目はデリそっくりなんですが、
異常に警戒心が強く、カメラを向けると同時に逃げたり隠れたり…
それで、ずっと写真撮影が不可能だったんです。
実家に猫ちゃんたちを預けて、もうすぐ4年。
あと数ヶ月で4歳になる、食欲旺盛な青年ラムが、
どうしたものか、土曜日から食事を欲しがらなくなりました。
オシッコも出てないことにも気づいたのですが、
実家の島には動物病院がありません。
週が明けるのを待ち、月曜の今朝、
船で岡山県の病院へ連れて行きました。
キャリーバッグに入ったラムは、カメラを向けても逃げられず、
初の写真撮影に成功しました。
診察の結果、ラムは腎臓が悪くなっているとのこと。
検査の数値も高すぎるため、入院することになりました。
あした面会に来るからね~と、
ラムを病院に残し、両親、次女とともに島に帰ってきた私は、
さっそく今日撮影した「キャリーバッグの中のラム」や
病院の写真をカメラからPCへ移そうとしている…そんな時でした。
電話が鳴りました。
電話に出た母のようすと声から、すべてわかりました。
それは、病院から。ラムが亡くなったという知らせでした。
ほんの数時間前に、ラムと病院で別れたばかりなんです。
まだ信じられません。
***
得ることと、失うこと。
はじまりと、終わり。
出会いと、別れ。
ま逆なようでいて、実は同様のものではないかと。
どちらが先でどちらが後か、なんてわからないほど同質なのかも…?
↑これは先日、次女の描いた1つの絵を見ていて、
私が漠然と感じていたことです。
より大切なものを得るために必要な喪失。
何かが終わる時、新しい何かが始まる。
悲しい別れは、どこかで実現する新しい出会いの喜びのため。
「何かを犠牲にして」ではなく。「何かの代償として」でもなく。
あえて言うなら、自然の流れ。必然。
うまく言葉にできませんが、そんな風にも感じています。
さよなら、ラム。
今までありがとね。
「新しい始まり」のための「終わり」だとわかっていても、
別れは、やはり、とても悲しものです。