ルーブル札に描かれた悲劇
ちゅりーっす
風邪から全面復活してまーす。脳の方も無事です(たぶん…
ご心配いただいて、本当にありがとうございました
先日、同じ「かぜ」でも、
「風」に乗って飛んでったお札の話題を書きましたが…
こちら⇒5月の風に舞ったユーロ in Germany
この『おさつ』という言葉ですが。
(○ドル札とか、○ポンド札とか、○ユーロ札とか、○円札とか…)
同じ英語でも、アメリカとイギリスではちょっと違ってて。
アメリカ英語では「bill ビル」
イギリス英語では「note ノート」
例えば1万円札のことは、
アメリカ英語だと、
ten-thousand-yen bill (テン・サウザンド・イェン・ビル)
イギリス英語だと、
ten-thousand-yen note (テン・サウザンド・イェン・ノート)
という感じです。
さて。
ごろりん~と話は変わりますが
紙幣には、それぞれ絵柄が印刷されてますよね
今、ロシアの500ルーブル札に描かれた
こちらの風景画に対して↓

ちょっと待った!
異議あり!
の声が上がり、
絵の変更が求められているそうです。
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写真では絵の詳細部分までは見えないけど…
どこといって、特に問題がある絵には見えませんよね
この絵に描かれているのは、ロシア正教の
ソロヴェツキー修道院 Solovetsky Monastery
…の、はずでした。っていうか…誰もがそう思っていたんです。
「ソロヴェツキー修道院」というのは、
1992年に世界遺産に登録された、ロシアの
ソロヴェツキー諸島の文化と歴史遺産群
Cultural and Historic Ensemble of the Solovetsky Islands
の中でも、特に有名な建築物だそうです。
なので。紙幣の絵を選考する際には
世界遺産の美しい光景が描かれたこの絵が
満場一致で選ばれたに違いないと思います。
が
この修道院に、あるべきものが無い時、
ここは修道院ではなく、悲劇の場所を意味するんです…
あるべきもの、それはね…
建物のてっぺんの、crosses.
これら十字架。

ソロヴェツキー修道院は、
ロシア十月革命(=ソビエト革命)の後のソヴィエト時代。
連邦政府によって、建物の十字架が引き抜かれました。
そして。
十字架がなくなった瞬間から、
Solovetsky Monastery はもはや修道院ではなく,
concentration camp
強制収容所として大勢の人々がここに連行され、
奴隷労働、飢餓、伝染病、看守からの暴行などで…
何万、何十万もの人がここで死亡したと言います。
1929年には、チフスの伝染で一気に2万人が亡くなりました。
そして、World War II 第二次世界大戦が始まる直前。
この地の戦略的価値を生かすため収容所は閉鎖され、
ソビエト海軍、北方艦隊の基地が置かれたそうです。
…
さて。
さきほどの500ルーブル札に描かれた修道院には、
修道院にあるべき十字架が見当たりません。ってことは。
おそらくソビエト時代に描かれた絵だと思われます。
たかが十字架。されど十字架…
争いと弾圧の悲惨な歴史を持つ場所ですから、
地元の人や戦争経験者、遺族の方々が
十字架のないソロヴェツキー修道院を見た時、
a Soviet Death Camp ソビエトの死の収容所
を連想し心を痛めてしまうのは、当然かもしれません。
いろんなことを考えさせられるニュースでした。
*情報はこちらから⇒A: 500 Ruble Note. Q: Which Banknote, Meant To Display The Solovetsky Monastery, Instead Displays The Solovetsky Death Camp?
*オリジナルニュース⇒MOSNEWS.COM(25/May/2009)
さぁ~て、次回のお話は~
イギリスでスーパーに行くと、だぁりんは
どこにでも売ってる「ある商品の名前」を見るたびにね。
あっ!まだ無事だ、よかった~whew
と言います。
米語と英語の違いのほんの一例なんですけどね。
次回は、その「あるモノ」の話題を…
なんだかわかるかな??
今日も読んでくださって、ありがとうございます♪
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次女ミントのお絵かきブログ

風邪から全面復活してまーす。脳の方も無事です(たぶん…
ご心配いただいて、本当にありがとうございました

先日、同じ「かぜ」でも、
「風」に乗って飛んでったお札の話題を書きましたが…
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この『おさつ』という言葉ですが。
(○ドル札とか、○ポンド札とか、○ユーロ札とか、○円札とか…)
同じ英語でも、アメリカとイギリスではちょっと違ってて。
アメリカ英語では「bill ビル」
イギリス英語では「note ノート」
例えば1万円札のことは、
アメリカ英語だと、
ten-thousand-yen bill (テン・サウザンド・イェン・ビル)
イギリス英語だと、
ten-thousand-yen note (テン・サウザンド・イェン・ノート)
という感じです。
さて。
ごろりん~と話は変わりますが

紙幣には、それぞれ絵柄が印刷されてますよね

今、ロシアの500ルーブル札に描かれた
こちらの風景画に対して↓

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どこといって、特に問題がある絵には見えませんよね

この絵に描かれているのは、ロシア正教の
ソロヴェツキー修道院 Solovetsky Monastery
…の、はずでした。っていうか…誰もがそう思っていたんです。
「ソロヴェツキー修道院」というのは、
1992年に世界遺産に登録された、ロシアの
ソロヴェツキー諸島の文化と歴史遺産群
Cultural and Historic Ensemble of the Solovetsky Islands
の中でも、特に有名な建築物だそうです。
なので。紙幣の絵を選考する際には
世界遺産の美しい光景が描かれたこの絵が
満場一致で選ばれたに違いないと思います。
が

この修道院に、あるべきものが無い時、
ここは修道院ではなく、悲劇の場所を意味するんです…
あるべきもの、それはね…
建物のてっぺんの、crosses.
これら十字架。

ソロヴェツキー修道院は、
ロシア十月革命(=ソビエト革命)の後のソヴィエト時代。
連邦政府によって、建物の十字架が引き抜かれました。
そして。
十字架がなくなった瞬間から、
Solovetsky Monastery はもはや修道院ではなく,
concentration camp
強制収容所として大勢の人々がここに連行され、
奴隷労働、飢餓、伝染病、看守からの暴行などで…
何万、何十万もの人がここで死亡したと言います。
1929年には、チフスの伝染で一気に2万人が亡くなりました。
そして、World War II 第二次世界大戦が始まる直前。
この地の戦略的価値を生かすため収容所は閉鎖され、
ソビエト海軍、北方艦隊の基地が置かれたそうです。
…
さて。
さきほどの500ルーブル札に描かれた修道院には、
修道院にあるべき十字架が見当たりません。ってことは。
おそらくソビエト時代に描かれた絵だと思われます。
たかが十字架。されど十字架…
争いと弾圧の悲惨な歴史を持つ場所ですから、
地元の人や戦争経験者、遺族の方々が
十字架のないソロヴェツキー修道院を見た時、
a Soviet Death Camp ソビエトの死の収容所
を連想し心を痛めてしまうのは、当然かもしれません。
いろんなことを考えさせられるニュースでした。
*情報はこちらから⇒A: 500 Ruble Note. Q: Which Banknote, Meant To Display The Solovetsky Monastery, Instead Displays The Solovetsky Death Camp?
*オリジナルニュース⇒MOSNEWS.COM(25/May/2009)
さぁ~て、次回のお話は~

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どこにでも売ってる「ある商品の名前」を見るたびにね。
あっ!まだ無事だ、よかった~whew
と言います。米語と英語の違いのほんの一例なんですけどね。
次回は、その「あるモノ」の話題を…
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