知られざる真実
ちゅりーっす
注)この話には、
私の家庭内のあまり良くない話が含まれるため、
昨夜アメンバー限定記事としてアップしたんだけど。。
想像以上に、同じような経験をしてる人が多いことを知り
これを通常記事として投稿しなおすことにします。
***
これまで何度となく。
物忘れ進行中の母のエピソードを書いてきましたが、
どれも偽らざる、微笑ましくて愛すべき事実です。
ほんとにほんとに、可愛い母です。
以前から母は、近所の人や知人から、
優しくて温かくて親切な人
と思われていて。
私が子どものころは、友達からも、
はぴちゃんのお母さんは優しくていいなぁー
と
うらやましがられることもありました。
孫たちには優しい物分りの良いおばあちゃんです。
でもね。
たったひとつ。
まだ書いてない真実があるの。
誰にも優しくて親切な母でしたが。
優しさは家庭に持ち込まないタイプだったのか。。
私に対する態度と言動だけは、
あまりにも意地悪だったんです。
それは、まるで別人のよう。
厳しいんじゃなくてね…それは精神的虐待でした。
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私ね、ほんのここ数年。
実家に帰るたび、両親と楽しい時間を過ごせてるんだけど。
数年前までは、こんな日が来るなんて思っていませんでした。
母と一緒の空間は、どうにも居心地が悪くて苦手だったの。
ところが。
うんざりするほど口うるさかった怒りんぼ母が、
物忘れの進行のおかげで文句もぐんと減り。
がみがみ言ってても、何を言ってたのかすぐに忘れるしね
。
それより何より、老齢性の物忘れが始まってからは、
母をいーっぱい笑わせることができるようになったんです
私が幼い頃の母は、
いつも不機嫌でイライラしてて、ガミガミ怒ってばかりでした。
小さな私は母を笑せたかったけど、それは至難の業。
今のように、簡単にいつでもどこでもケラケラころころ、
しょっちゅう笑い転げてくれる母とは別の人みたいでした。
私の2歳上の兄は、幼児のころから
毎日何度も何度も、両親にどなられていました。
いたずらするし、おとなしいタイプの子どもではなくて。
兄が叱られる怒声が始まるたび、私は怖くて身がすくみ、
怒鳴られてる兄のことが、気の毒でたまりませんでした。
その兄はというと、そんな私の気持ちを知るはずもなく、
両親にどなられる腹いせか、単に私が嫌いだったのか、
私の顔を見るたび、意地悪いったり叩いたりして泣かしました。
でもね。私は泣くのをこらえたの。一所懸命。限界まで。
私が泣くと、兄がさらに叱られることを知っていたから。
だけど、そんな我慢はムダでした。兄は、私が泣くまで執拗に続けたんだもん。
そしたら母は、兄に「泣かすな!」と怒鳴り、私にも「泣くな!」と。
どなるだけ。それで終わり。
例えば…強い男の子は、妹に優しくするものよ、なんて教えることもなく。
毎回、怒鳴って、やめさせて、それで終わりでした。
私が泣くのを母が嫌っていると感じた私は、
必ず泣かせようとする兄との関わりを避けるようになり。
母の前では決して泣かない子になりました。
**つづく**
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優しくて温かくて親切な人
と思われていて。私が子どものころは、友達からも、
はぴちゃんのお母さんは優しくていいなぁー
うらやましがられることもありました。
孫たちには優しい物分りの良いおばあちゃんです。
でもね。
たったひとつ。
まだ書いてない真実があるの。
誰にも優しくて親切な母でしたが。
優しさは家庭に持ち込まないタイプだったのか。。
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ところが。
うんざりするほど口うるさかった怒りんぼ母が、
物忘れの進行のおかげで文句もぐんと減り。
がみがみ言ってても、何を言ってたのかすぐに忘れるしね
それより何より、老齢性の物忘れが始まってからは、
母をいーっぱい笑わせることができるようになったんです
私が幼い頃の母は、
いつも不機嫌でイライラしてて、ガミガミ怒ってばかりでした。
小さな私は母を笑せたかったけど、それは至難の業。
今のように、簡単にいつでもどこでもケラケラころころ、
しょっちゅう笑い転げてくれる母とは別の人みたいでした。
私の2歳上の兄は、幼児のころから
毎日何度も何度も、両親にどなられていました。
いたずらするし、おとなしいタイプの子どもではなくて。
兄が叱られる怒声が始まるたび、私は怖くて身がすくみ、
怒鳴られてる兄のことが、気の毒でたまりませんでした。
その兄はというと、そんな私の気持ちを知るはずもなく、
両親にどなられる腹いせか、単に私が嫌いだったのか、
私の顔を見るたび、意地悪いったり叩いたりして泣かしました。
でもね。私は泣くのをこらえたの。一所懸命。限界まで。
私が泣くと、兄がさらに叱られることを知っていたから。
だけど、そんな我慢はムダでした。兄は、私が泣くまで執拗に続けたんだもん。
そしたら母は、兄に「泣かすな!」と怒鳴り、私にも「泣くな!」と。
どなるだけ。それで終わり。
例えば…強い男の子は、妹に優しくするものよ、なんて教えることもなく。
毎回、怒鳴って、やめさせて、それで終わりでした。
私が泣くのを母が嫌っていると感じた私は、
必ず泣かせようとする兄との関わりを避けるようになり。
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