島便り…あなたの知らないナオシマ
ちゅりーっす
クリックしてね。
にほんブログ村
今回の内容は、
『島便り…WATER LILY睡蓮の咲く池』 に関連してまーす
今やアートの島として名の通った瀬戸内海・直島。
睡蓮(すいれん)で埋め尽くされつつある池。通称「ごたんじ池」。
「ごたんじ」は、漢字で書くと「琴弾地(または琴反地)」
しんいちろうちゃんの推測通り(こちら:コメント19 )
保元の乱で敗れ讃岐(さぬき=今の香川県)に流された
「崇徳上皇」に由来しています。
*讃岐上陸前の3年間、この島で過ごしたと伝えられています。
こちらの記事 に、「琴弾地(ごたんじ)」の名前の由来や、
崇徳院の詠んだ「恋忘れ貝の歌」も紹介してあります。
興味ある方はぜひお読みくださいね。
⇒恋するpoet, 恋わすれ貝
「琴弾地(ごたんじ)」の他にも、
積浦地区(はぴ両親の住む地区です)を中心に
島のあちこちに崇徳院ゆかりの地名が残っています。
姫泊(きとま)、姫宮(ひめみや)、泊ゲ浦(とまがうら)、
納言様(なごんさま)、能見(のうみ)などなど…
島民の居住地となったり、人の行き来の多い場所は、
すっかりその地名として定着し、なじんでいるのですが、
たとえば、
崇徳院を京から追ってきたという姫の伝説に関わる地でも
「琴弾地(ごたんじ)」の名前を知らない島民はいないけれど、
その姫が滞在したかもしれない場所「姫泊(きとま)」
このなんともロマンティックな地名は、その場所どころか、
名前さえ知らない地元の人の方も多いように思います。
「崇徳院ゆかりの地」の、いくつかには、
私が幼いころに設置された「立て看板」?が残っています。
(本当はこういうの、なんて呼ぶんでしょうか??)
数ヶ所の立て看板(?)の中でも、県道沿いにあり、
この前を行き来する人はとても多いにもかかわらず、
すっかり忘れ去られているような場所が。。
*画像は、クリックで大きくなります。
ここは、崇徳院が滞在されたと言われる場所。
泊ケ浦御行在所跡(とまがうら・あんざいしょ・あと)
これまた、
「泊ケ浦」の海岸は、島民みーんな知っているけど、
すぐそばにある「行在所跡」は知らない…といった具合です。
すっかり忘れ去られ、草木に覆われたようすの行在所跡。、
大勢の観光客がこの前を気づかずに通り過ぎていることでしょう。
…というか、ほとんどの観光客の方は、直島の「現代アート」が目的なんですよね…
うっそうと茂る草木で、近寄るのも難しかったので、
はぴ父がカマで草木を刈ってくれました。またすぐに茂ってることでしょう。
埋もれていた看板は、すっかりさびています。。
管理担当者(いるのかどうか知りませんが)からも忘れられているのかな?
地元の人でも、名前を耳にする機会もなく、
正確な場所を知らない「ゆかりの地」がほとんどかもしれません。
幸い私は、父が歴史と地名に詳しい方(故人)と親しかったため、
時々父から地名の由来、まつわる話など聞く機会があって、
少しだけ知っていますが、具体的な場所は知らないところばかり。
教えてくれた父も、年を重ねるごとに記憶が不確かになってます。
こうしてだんだんと忘れられてゆくのは、さびしいですね。
今日も読んでくださって、ほんとうにありがとう
良いコのみんな、Be Happy~
1日1クリック応援してね↓
にほんブログ村
次女ミントのお絵かきブログ

クリックしてね。
にほんブログ村
今回の内容は、
『島便り…WATER LILY睡蓮の咲く池』 に関連してまーす

今やアートの島として名の通った瀬戸内海・直島。
睡蓮(すいれん)で埋め尽くされつつある池。通称「ごたんじ池」。
「ごたんじ」は、漢字で書くと「琴弾地(または琴反地)」
しんいちろうちゃんの推測通り(こちら:コメント19 )
保元の乱で敗れ讃岐(さぬき=今の香川県)に流された
「崇徳上皇」に由来しています。
*讃岐上陸前の3年間、この島で過ごしたと伝えられています。
こちらの記事 に、「琴弾地(ごたんじ)」の名前の由来や、
崇徳院の詠んだ「恋忘れ貝の歌」も紹介してあります。
興味ある方はぜひお読みくださいね。
⇒恋するpoet, 恋わすれ貝

「琴弾地(ごたんじ)」の他にも、
積浦地区(はぴ両親の住む地区です)を中心に
島のあちこちに崇徳院ゆかりの地名が残っています。
姫泊(きとま)、姫宮(ひめみや)、泊ゲ浦(とまがうら)、
納言様(なごんさま)、能見(のうみ)などなど…
島民の居住地となったり、人の行き来の多い場所は、
すっかりその地名として定着し、なじんでいるのですが、
たとえば、
崇徳院を京から追ってきたという姫の伝説に関わる地でも
「琴弾地(ごたんじ)」の名前を知らない島民はいないけれど、
その姫が滞在したかもしれない場所「姫泊(きとま)」
このなんともロマンティックな地名は、その場所どころか、
名前さえ知らない地元の人の方も多いように思います。
「崇徳院ゆかりの地」の、いくつかには、
私が幼いころに設置された「立て看板」?が残っています。
(本当はこういうの、なんて呼ぶんでしょうか??)
数ヶ所の立て看板(?)の中でも、県道沿いにあり、
この前を行き来する人はとても多いにもかかわらず、
すっかり忘れ去られているような場所が。。
*画像は、クリックで大きくなります。
ここは、崇徳院が滞在されたと言われる場所。
泊ケ浦御行在所跡(とまがうら・あんざいしょ・あと)
これまた、
「泊ケ浦」の海岸は、島民みーんな知っているけど、
すぐそばにある「行在所跡」は知らない…といった具合です。
すっかり忘れ去られ、草木に覆われたようすの行在所跡。、
大勢の観光客がこの前を気づかずに通り過ぎていることでしょう。
…というか、ほとんどの観光客の方は、直島の「現代アート」が目的なんですよね…
うっそうと茂る草木で、近寄るのも難しかったので、
はぴ父がカマで草木を刈ってくれました。またすぐに茂ってることでしょう。
埋もれていた看板は、すっかりさびています。。
管理担当者(いるのかどうか知りませんが)からも忘れられているのかな?
地元の人でも、名前を耳にする機会もなく、
正確な場所を知らない「ゆかりの地」がほとんどかもしれません。
幸い私は、父が歴史と地名に詳しい方(故人)と親しかったため、
時々父から地名の由来、まつわる話など聞く機会があって、
少しだけ知っていますが、具体的な場所は知らないところばかり。
教えてくれた父も、年を重ねるごとに記憶が不確かになってます。
こうしてだんだんと忘れられてゆくのは、さびしいですね。
今日も読んでくださって、ほんとうにありがとう

良いコのみんな、Be Happy~
1日1クリック応援してね↓
にほんブログ村
次女ミントのお絵かきブログ