記憶をつなぐ偶然と必然
ちゅりーっす
いつも読んでくださってる方、ありがとうございます。
はじめましての方、いらっしゃい。ゆっくりしてってくださいね。
今日もぽちぽち、っとクリック、4649お願いしま~す。
ぽちっ→
わぁーい♪39~
ぽちっ→
わぁーーい♪♪39~
私の心の片隅の、ちょっぴりスピリチュアルなお話です。
生まれる前の記憶、両親の元に生まれてきた切ない理由…
これまでのお話は↓こちらで~す。ぜひ順番に…
ふしぎな記憶のかけらたち(←予告編です)
記憶の断片:人生で一番ショックな出来事…
記憶の断片…いつか夢で…
記憶の断片…夢のつづき…
記憶の断片…はるかなる母性…
記憶の断片…生まれる前の約束…
このちょぴスピ「記憶の断片」を書き始めてから、
気づいたことや、新たに繋がったこともあるんです。
ちょっとフシギな…数字の偶然.も。

なーんてね
期待させといて、こういうのもナンですが...
これ、実はね~
めちゃ、こじつけっぽいです
次女ミント
に話したら、
う~ん…確かに。こじつけっぽいけど…
言ったモン勝ちだぁ~
と励まされました。
な・の・で☆
今回は、言ったモン勝ち精神でお送りします。
お気楽~にお読みくださいね。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
祖母(父の母)が亡くなった日を確認して、わかったこと。
彼女が亡くなって、25年目に私は生まれました。
さらにその25年後(=彼女が亡くなって50年後)
私は長男を妊娠したんですけど、
妊娠がわかった日付がね、命日の頃なんです。
そして今、50歳の私は
時を越えた思い出を、こうして書いてます。

え、何?たったそれだけ!?と思ったアナタ。だから言ったでしょ。
実はもっとあったようにも思うんだけど…思い出せないんですぅ
あ、前記事を書きながら、気づいた事が、もう一個~
だぁりんは特殊能力には無縁の、
ただのオジサマ(漢字で書くと王子様)なんですけどね、
これまで何度か、未来が見えた
という経験をしています。
私と出会う3年前にも、
ある重要なビジョンが浮かんだそうですが、
なんと、そのとき彼は 50歳でした~
だぁりん、とっても若く見えますが、かなりのお年頃なんですぅ
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
さてさて。
記憶が繋がり始めた瞬間?とでも言いましょうか…
ちょっとした偶然だったんですが。それも必然だったのかと...
私が子供を持ってから、
それまで漠然としていた、あの悲しみの記憶が(こちら)
母親の子供に対する感情に似ている…と気づき始めた頃。
長男の後、長女が生まれ、
長女が2歳の時でした

私は幼い頃、実家の仏壇に近づくのが嫌いでした。
実家のある島のお寺は真言宗なので、
仏壇には空海/弘法大師サマの掛け軸みたいのがかけられ、
お花や線香、お供えのお菓子。そして、父の母親の位牌。
線香のニオイも、気分が悪くなってたほど、大っ嫌いでした。
そんな事は理解できないはぴ母はあれこれ言いつけるんです。
「これをお供えしてきて」とか、「お供え物を下げてきて」とか。
そのつど、息を止め、何も見ないようにして、ASAP大急ぎで。
大人になるにつれ、平気にはなってきましたが、
基本的に、好きになれない場所です。
そんな私が、今までにたった一度。
50年生きてきて、たった一度だけ。
仏壇の位牌にね、手を伸ばしたことがあるんです。
なぜ、そんなことしたのか...自分でも不思議です。
位牌を手にし、裏返すとそこには…彼女の名前、
そして、享年三十才...と。
享年って、数え年を書くんですか?
実年齢ではないのかもしれませんが…それでも…
ショックでした。衝撃で眩暈がしました。
仏壇にまつってあるのは祖母(父の母親)で、
父が2歳のときに肺炎で亡くなったということは、
前から聞いていたので、良く知っていました。
でも。
亡くなった時の年齢…考えたこともなかった。
享年三十才。
これを見た瞬間、
2歳の子を残して逝かなくてはならなかった彼女の
悲しさ痛さ切なさが流れ込むような感覚を覚えました。
それは他ならぬ、あの悲しみの記憶。
幼いころから、心の片隅に住み続けていた、
悲しい悲しい感情の記憶。そのものでした。
バラバラに砕け散っていた記憶の断片が大移動を始め、
どんどん繋がっていき、意味を持ち始めた瞬間でした。
私が両親の元に生まれてきた、その意味がわかった日。
それは、
祖母が亡くなったときと同じ年齢…
私は 30歳。長女が 2歳の秋の日でした。

***次回はたぶん、記憶の断片…最終章です***
今日も読んでくださって、ありがとうございます♪お疲れさま~
続きも、ぜひ読んでくださいね☆^* Be Happy~
どうか↓ぽちぽちっと押してくださいね
↓ありがとう~
ぽちっ
ぽちっ

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生まれる前の記憶、両親の元に生まれてきた切ない理由…

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記憶の断片:人生で一番ショックな出来事…
記憶の断片…いつか夢で…
記憶の断片…夢のつづき…
記憶の断片…はるかなる母性…
記憶の断片…生まれる前の約束…このちょぴスピ「記憶の断片」を書き始めてから、
気づいたことや、新たに繋がったこともあるんです。
ちょっとフシギな…数字の偶然.も。

なーんてね

期待させといて、こういうのもナンですが...
これ、実はね~
めちゃ、こじつけっぽいです

次女ミント
に話したら、う~ん…確かに。こじつけっぽいけど…
言ったモン勝ちだぁ~

と励まされました。
な・の・で☆
今回は、言ったモン勝ち精神でお送りします。
お気楽~にお読みくださいね。
*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
祖母(父の母)が亡くなった日を確認して、わかったこと。
彼女が亡くなって、25年目に私は生まれました。
さらにその25年後(=彼女が亡くなって50年後)
私は長男を妊娠したんですけど、
妊娠がわかった日付がね、命日の頃なんです。
そして今、50歳の私は
時を越えた思い出を、こうして書いてます。

え、何?たったそれだけ!?と思ったアナタ。だから言ったでしょ。
実はもっとあったようにも思うんだけど…思い出せないんですぅ

あ、前記事を書きながら、気づいた事が、もう一個~

だぁりんは特殊能力には無縁の、
ただのオジサマ(漢字で書くと王子様)なんですけどね、
これまで何度か、未来が見えた
という経験をしています。私と出会う3年前にも、
ある重要なビジョンが浮かんだそうですが、
なんと、そのとき彼は 50歳でした~

だぁりん、とっても若く見えますが、かなりのお年頃なんですぅ

*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆
さてさて。
記憶が繋がり始めた瞬間?とでも言いましょうか…
ちょっとした偶然だったんですが。それも必然だったのかと...
私が子供を持ってから、
それまで漠然としていた、あの悲しみの記憶が(こちら)
母親の子供に対する感情に似ている…と気づき始めた頃。
長男の後、長女が生まれ、
長女が2歳の時でした


私は幼い頃、実家の仏壇に近づくのが嫌いでした。
実家のある島のお寺は真言宗なので、
仏壇には空海/弘法大師サマの掛け軸みたいのがかけられ、
お花や線香、お供えのお菓子。そして、父の母親の位牌。
線香のニオイも、気分が悪くなってたほど、大っ嫌いでした。
そんな事は理解できないはぴ母はあれこれ言いつけるんです。
「これをお供えしてきて」とか、「お供え物を下げてきて」とか。
そのつど、息を止め、何も見ないようにして、ASAP大急ぎで。
大人になるにつれ、平気にはなってきましたが、
基本的に、好きになれない場所です。
そんな私が、今までにたった一度。
50年生きてきて、たった一度だけ。
仏壇の位牌にね、手を伸ばしたことがあるんです。
なぜ、そんなことしたのか...自分でも不思議です。
位牌を手にし、裏返すとそこには…彼女の名前、
そして、享年三十才...と。
享年って、数え年を書くんですか?
実年齢ではないのかもしれませんが…それでも…
ショックでした。衝撃で眩暈がしました。
仏壇にまつってあるのは祖母(父の母親)で、
父が2歳のときに肺炎で亡くなったということは、
前から聞いていたので、良く知っていました。
でも。
亡くなった時の年齢…考えたこともなかった。
享年三十才。
これを見た瞬間、
2歳の子を残して逝かなくてはならなかった彼女の
悲しさ痛さ切なさが流れ込むような感覚を覚えました。
それは他ならぬ、あの悲しみの記憶。
幼いころから、心の片隅に住み続けていた、
悲しい悲しい感情の記憶。そのものでした。
バラバラに砕け散っていた記憶の断片が大移動を始め、
どんどん繋がっていき、意味を持ち始めた瞬間でした。
私が両親の元に生まれてきた、その意味がわかった日。
それは、
祖母が亡くなったときと同じ年齢…
私は 30歳。長女が 2歳の秋の日でした。

***次回はたぶん、記憶の断片…最終章です***
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