こんな状況の中ではあるけれど、取引先の中国人が急遽来日し、前々から彼との約束でもあったので、結果としてクリスマスの夜は、3ヶ月ぶりのメモリーで迎える事となった。前の週にクリスマスショーを終えているにも関わらず、この人気店は景気に関係なくいつも賑わっている。客人接待と知り、のっけからハイテンションで攻めてくれた心渚の明るさと、包み込むような凛花の癒しの笑顔が、ここ数ヶ月の商売のやり取りの中で、若干のボタンの掛け違いが出ていた李氏とのわだかまりを、少々自棄気味に追加した3本のモエ・シャンドンの泡とともに、綺麗に流し去る事をしてくれた。自分はと言えば、あの日からまだ1週間も経っていないのに、こういう場はこういう場として割り切れてしまっている事に何だか腹落ちせず、自責の念にかられてしまう。おそらく悲しみに対峙した時の心の処し方に、知らぬ間に免疫みたいなものが出来てしまったのではないだろうか。あの日から未だ悲しみの慟哭メールの送信が止まない弟の心境に比べれば、ある意味他人事でいてしまえる自分自身が、イヤに思えたり、そんなものだと思えたり。。。自己矛盾・ジレンマ・葛藤。。。弟とは違う意味での禅問答が、しばらくは心の中で繰り返されてゆく事を、覚悟せねばなるまい。

そんな心中とは裏腹の笑顔と軽口の中でも時間だけは過ぎ、チェックする金額に若干ドキドキしながら支払いを済ませると、帰り際、美帆ママが半年前と同じように、いやその時よりも優しく強く長めのハグをしてくれた。言葉はなくとも、傷ついた自分に寄り添ってくれる気持ち、悲しみを共有してくれようとする心遣いを、切なくもありがたく思う。
さらには、メモリーを後にして歌舞伎町を行く途中、何気に携帯をチェックすると、大量のメール着信!?また、何かあったのか?と思いつつ慌てて開いてみると、茶子が“寿笑王”のマドンナ達から取り纏めてくれた7通のクリスマスメッセージ!おいおいこのタイミングでのそれは、ちょっと反則じゃねぇ?と突っ込みながらも、織イブ・イカちゃん・kyanなんかからの温かい言葉の数々に、涙ではなく笑顔でお礼が言えた。「なんだ、君らみーんな俺の事、大好きなんじゃん!出来れば今じゃなく、お互いが20代の時に告られたかったわっ!」と、心の中で悪態をついてみる。そう言えば昨日のイブには、エリーや舞がLINEしてくれたし、数年ぶりに後輩のP子とA子も励ましのメールをくれた。ブログには真っ先にさーやがコメントを。
改めて自分が、立場も年齢も全然違うこんなにたくさんの女性達の心遣いに守られている事を実感し、人生最悪の年の年末に、少しばかりの幸せの挽回を図る。自称「さわやかな女好き」としての面目躍如である。
来年も、そんなマドンナ達一人一人にとって、幸せでいっぱいになる年である事を願う。
そして自分は、、、いい年じゃなくてもいい。悪い年が来ない事を心から祈り、今年のブログの締めとしたい。
12月19日10時45分、半年余りの闘病生活を続けていた甥っ子が、天国に旅立った。
8歳になってまだ1ヶ月。あまりにも短すぎる、幼過ぎる人生である。

「俺もモー太郎弁当食べたい。」
「退院したらディズニーランドに行きたいなぁ。」
「大人になったら、恐竜博士になるんだ。」

そんな彼の小ちゃい夢も、大っきい夢も、大人達は何一つ叶えてやる事が出来なかった。
束になってかかって行っても、しつこくて憎たらしい病魔の前では、あまりにも無力過ぎた。

大人達だけではない。神の力も、助けも、何らなされなかった。
成田山も川崎大師も、式年遷宮の伊勢神宮にさえも、そっぽを向かれたままだった。

冗談じゃないっ!!ウチの 甥っ子が何か悪い事したかっ!?
毎日普通に真面目に明るく暮していただけだぞっ!
何か、わがまま言ったか? 何か欲張りしたか?
誰にでも優しく接する、賢くて根性のある子だったんだぞっ!

ふざけるんじゃないっ!! 世の中にはもっと他に、いい加減に生きているヤツは、
いくらでもいるだろう!
悪い事している大人がたくさんいるだろう!
天に召される順番を考えたらどーなんだっ!

大きくなったら、誰も見つけられなかった遺跡や化石を発見して
人類の歴史を変えるはずだったんだぞっ!
ノーベル賞をもらえるような、偉い学者になるはずだったんだぞっ!!
こんな理不尽な事があっていいのか?
こんな不条理な結末があっていいのか?
半年余りの数え切れない痛みと、眠れない夜の代償がこれなのかっ!?

「もう一度パパと呼ばれたいよ。。。
もっともっとたくさん遊んであげたかった。。。
兄ちゃん、結局俺、息子を助けてやる事が出来なかった。。。」
弟の慟哭に、かけてやる言葉が見つからない。。。

この1年で2人の肉親を失った。。
正月には3兄弟の家族揃って、東京ドームのレストランで
楽しい食事をしたのに。。。

今年なんて来なければよかった。。
2013年なんて、無ければよかった。。。

甥っ子が楽しみにしていたであろう、「退院」というサンタクロースからのプレゼントは、
もう永遠に、彼の元へは届かない。
こんな悲しいクリスマスがあっていいのか?
こんな理不尽で不条理な結末があっていいのか?

もう2年くらい会っていないけど、舞台で活躍している横関咲栄ちゃんのブログから、感銘を受けた一文を改めてのご紹介。


    『幸せのカタチ』


“この世の中は、すべて「想像」を形にしたものなんだって。


形あるものは全て。


誰かが「想像」した家家の形が町中に溢れ、信号機信号も看板も、車車も電車電車も自転車自転車も、鞄カバンも靴くつも服ワンピースも、歯ブラシもコップもテーブルも。


全て「想像」を具現化したもの。


私たちは、そんな過去の人々の「想像」の世界を生きている。


現実の世界として。


だから、イイコトやイヤなコトも、「想像が現実となる」という考え方は、あながち間違ってはいないのだろうなぁ~。


これからは、いっぱい、いっぱい、良い「想像」が出来るようになりたいなと思う。


そうしたら、毎日見る景色が、幸せ色に変わるだろうニコニコ音符



久しぶりに咲栄ちゃんラブラブのブログを訪問したら、式年遷宮に呼ばれて、同じタイミングで「伊勢神宮」にお参りに行っていたとかニコニコ やっぱり価値観とか感性みたいなものに、通ずる部分が多いかも。


冬に色づく銀杏並木もみじが好きなんだよねえ。落ち葉となって、黄色い絨毯のようになった上を歩くと無心になれて、何だかとっても癒される気がするし、著名な映画俳優がレッドカーペットに歩を進めるのに匹敵するくらい贅沢なのではと思ってみたりする。「黄色」という色に、そんな効果があるのかな。幸せの黄色いハンカチならぬ幸せの黄色い銀杏並木ニコニコチョキ


咲栄ちゃんのこの一文を読み返す時、同じ心持ちになれる。前向きに、勇気をもらえる。


クリスマスまであと1週間クリスマスツリー

いっぱい、いっぱいイイコトだけを想像して、サンタクロースからの幸せなプレゼントベルを、楽しみに待とう。未来の人々に、たくさんの“幸せのカタチ”を残せるようにするためにも音譜アップ