第1 設問1
本件命令の差止めの訴え(行訴法3条7項)
1(1) 本件命令は、消防法12条2項に基づいてXに対し本件取扱所の移転義務を生じさせるものであり、「処分」(行訴法3条7項)に当たる。
(2) 「一定の」(同項)とは、裁判所の判断が可能な程度に特定されていることをいう。
差止対象は、消防法12条2項に基づく、本件取扱所を移転することの命令であり、上記程度に特定されており、「一定の」に当たる。
(3) 処分が「されようとしている」(行訴法3条7項)とは、処分がされる蓋然性があることをいう。
本件葬祭場の営業が開始されれば,Y市長が本件命令を発することが確実であるところ,平成27年5月末には営業開始が予定されている。よって,本件命令がなされる蓋然性があるといえ、処分が「されようとしている」に当たる。
2 Xは本件命令の名宛人であるから、「法律上の利益を有する者」(行訴法37条の4第3項)に当たる。
3 「重大な損害を生ずるおそれ」(同条第1項本文)とは、取消訴訟を提起して執行停止を受けることでは容易に救済を受けることができない損害を生ずるおそれをいう。
本件命令が出されると直ちにウェブサイトで公表され,顧客の信用を失うことになる。一度失われた顧客の信頼は容易には回復できない。そうすると、取消訴訟を提起して執行停止を受けることでは損害の回復は困難である。よって、「重大な損害を生ずるおそれ」が認められる。
4 「損害を避けるため他に適当な方法がある」(行訴法37条の4第1項但書)とは、差止めを求める処分(後行処分)があって、先行処分の取消訴訟を提起すれば、当然に後行処分をすることができないことが法令上定められている場合をいう。
消防法上には上記規定はなく、補充性要件も充たす。
5 よって、訴訟要件を充たし、Xは上記訴えを適法に提起することができる。
第2 設問2
1 危険物政令19条1項が準用する9条1号但書は、「安全であると認めた」という抽象的文言を用いる。その趣旨は、安全性を判断する際に諸般の事情を総合考慮することを要し、地方の実情に通じた市町村長の判断に委ねるのが適切である点にある。よって、市町村長の要件裁量が認められる。
2 本件基準は、同但書の委任を受けておらず、行政規則である。よって、本件基準は法的拘束力を有しない。
3 もっとも、本件基準は、上記裁量を前提とした裁量基準である。不合理な裁量基準に従ってなされた処分は、他事考慮として裁量権逸脱濫用となる。そこで、本件基準の合理性につき以下検討する。
(1) 本件基準①は、工業地域に所在する一般取扱所の倍数の値に着目して短縮条件を定める。
倍数の値は一般取扱所の危険性に影響する。たしかに、建基法上は、工業地域では一般取扱所の倍数制限がない。しかし、隣接する用途地域に存する保安物件への延焼を防ぐための考慮は、別途必要である。よって、①は合理性を有する。
(2) 本件基準②は、保安物件の危険性及び一般取扱所の倍数に着目して短縮限界距離を定める。
これらは保安物件への延焼のおそれに影響する。よって、②も合理性を有する。
4(1) 本件基準の合理性が認められるとしても、行政裁量を認めることで個別事情に応じた柔軟な判断を可能にした法律の趣旨より、行政庁は個別事情考慮義務を負う。同義務に違反する場合、考慮不尽として裁量権逸脱濫用となる。
(2) 本件取扱所の倍数は55であり、本件葬祭所までの距離は18mである。よって、本件基準①②をわずかに充たさないにすぎない。また、Xは、本件基準③の定める高さ以上の防火塀の設置や法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意がある。そうすると、もともと本件取扱所の危険性及び本件葬祭所への延焼のおそれが大きくないうえ、同用意が果たされればそれらがさらに低下する。
他方、Xは、現在の倍数を減らすと経営が成り立たなくなるため、現在の倍数を減らせない状況にある。また、Xの所有する敷地内では、本件取扱所を本件葬祭所から20m以上離れた位置に移設することは不可能であり、同敷地外に移転する場合には巨額な費用を要する。危険物政令9条1項1号但書の趣旨は、事後的な事情変更があった場合に消防法12条2項に基づく移転義務が生じる事態をできる限り避ける点にあるから、Xに係る上記状況も考慮すべきである。
よって、Y市長は上記事情を考慮する義務を負う。Y市長が本件基準を機械的に適用して本件命令を発することは、裁量権逸脱濫用となり違法である。
5(1) 危険物政令9条1項1号但書の効果が保安距離の短縮であるのに対し、23条の効果は保安距離の規定の不適用である。そうすると、同但書とは別に23条を適用する余地がある。
(2) 23条の趣旨は、特殊な構造や設備を有する危険物施設や、科学技術の進歩に伴って生じる予想もしない施設に対応する点にある。本件取扱所が特殊な構造や設備を有するという事情はないし、Xが用意している防火塀や消火設備は安全性を担保する措置として通常予想できるものである。よって、23条の要件を充たさない。したがって、同条の適用はない。以上より、同条の適用により本件命令が適法となる余地はない。
第3 設問3
1 憲法29条3項は公平の理念に基づく。そこで、損失が特別の犠牲に当たる場合、すなわち、侵害行為が財産権の本質を侵すほど強度なものである場合に補償を要すると解する。
2 たしかに、Xは、本件取引所の移転につき巨額な費用を要しているので、規制の程度は強い。
しかし、消防法12条1項は,取扱所の所有者等に対し,技術上の基準に適合するように維持すべき義務を課す。そして,同条2項は、同義務違反を要件とする移転命令権限を規定する。本件命令は同項に基づく。
同法の目的が国民の生命,身体及び財産を火災から保護することなどにあること(同法1条)に照らすと,上記維持義務は警察規制である。警察規制による損失は、財産権に内在する社会的拘束の現れにすぎない。
もっとも、本件葬祭所の設置は、平成26年の都市計画決定による第二種中高層住居専用地域への指定替えを契機としたものである。かかる事後的な事情変更に対して予め対処する方法がXにはなかったとも思える。
しかし、指定替え前の第一種中高層住居専用地域内においても学校や病院などの保安物件は設置できた(建基法48条3項、別表第二(は))。そうすると、保安物件の事後的な設置による移転命令を受けるリスクに対して、保安距離内の土地所有権を取得しておくなど予め対処することがXは可能だったといえる。よって、本件命令に係る損失は、潜在的な警察責任が顕在化したにすぎない。以上より、侵害行為が財産権の本質を侵すほど強度なものとはいえず、Xの損失は特別の犠牲に当たらず、XはY市に損失補償を請求することができない。
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