専門バカになってはいけないよ | ジイタンだよ みんな元気かい

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経営コンサルタントや評論業、そしてビジネス作家業や社労士業を長年やってきたジイタンが、つれづれのままに書いたあれこれだよ。

『専門バカになってはいけないよ』

 ジイタンだよ どらえもん

 ジイタンあちこちで講演のとき、時々「専門バカにならないように」って話すことがあるんだよ。かに座

 ジイタンたちは資格業もやっているし、その開業学校もやっているんだけど、そこではもっと頻繁に専門バカになるな!!って言っているよ。パンダ

 専門家というのはその道のプロとして重要視されるね。専門も極めれば極めるほどその道の視野が深くなるからなんだけど、同時に、深くなった分だけ視野が狭くなることを知らなければならない。「その道」が深くなる分だけ「それ以外の道」がわからなくなるんだ。これは人間として大きな欠陥を作ってしまうんだよ。ハロウィン

 ちょっと話しがそれるけど、明治時代の日清戦争・日露戦争という二つの大きな戦いに日本は勝利したよね。だけどその後の日本の軍隊はダメになってゆき、昭和の大戦では完璧に負けた。わんわん

 その理由はあれこれいろいろあるんだけど、根底にある大きな理由の一つに軍人たちが専門バカになっていったことが挙げられるんだ。しし座

 明治時代のころはまだ軍人養成も試行錯誤の段階だったから、いろんな学課を学んだというよ。士官の卵たちも軍人には直接関係のない学問も学んだし、いろいろな分野の学者や思想家、実務家も講師に招かれて彼らを養成する一翼を担ったそうだね。晴れ

 ところが次第に軍人養成のカリキュラムが確立されてゆくにしたがって、純粋培養のようになってゆき、軍人として無関係な分野の学習はどんどん縮小されていった。部外講師の招聘もなくなっていったんだって。手裏剣

 こうして彼らは“その道の”専門家になってゆき、専門バカになっていったんだ。こうなると“その道の”模範解答を出すことには上手になるものの、イザというときの臨機応変な答えには不得手になるんだね。イザというときには専門知識による模範解答では通用しない、ありとあらゆる出来事が発生するからね。そんなときには専門外のいろいろな知識が役に立つ。雑学とさげすまされるような知識ですら役に立って勝利に貢献することがあるんだ。メモ

 ところが昭和の彼らにはそんな芸当は出来ず、それが、戦争の始めの真珠湾攻撃の不徹底とか、ミッドウェイの奇跡の敗北、レイテ戦時の謎の反転・・・というより恥辱の反転という、海軍の汚点をいくつももたらしたんだ。陸軍だって同様で、兵力の分散という最大の失敗を手始めにね、自らを負け戦へと導いていったんだね。ダウン

 話しがそれたけど、専門分野ばかりを深めるとこのようにね、視野が狭くなって融通が利かなくなったり、自分の専門分野だけが素晴らしく見えたり、他の世界が見えなくなっていって、やがて社会から孤立してゆき、気位ばかりが高い専門バカが出来上がるんだね。もちろん、そんな人間には人間としての魅力もなくなるよ。ドキドキ

 資格業の世界もね、税理士とか弁護士とか、社労士とか司法書士とか、いろいろたくさんあるけれど、決して専門バカになってはいけない。専門バカになっては、資格業の対象となる、それこそ千差万別と言っていい、いろいろそれぞれの相手にね、感謝されるようないろいろそれぞれに異なる知識や知恵を提供できなくなるんだね。言うまでもなく、相手を魅了する人間としての魅力にも乏しくなるよね。ぶどう

 昔ね、ジイタンの知っているお医者さんでね、東大の医学部を出た、それこそ立派な専門家が居たよ。その人は胃腸科の専門家だったんだけど、話しを聞いていても、この人はすごいなって誰も思った。だけど医学以外の知識がない。誰もが社会の常識のようにしている、生活してゆく上での知識がない。患者さんの扱い方を知らない。自分が得た医学知識を提供すれば患者は集まってくると思うだけだから、患者を引き付ける戦略・戦術を知らない。患者を安心させ、頼らせる何かがない。カギ

でね、この人は開業してわずか3年ほどで閉業した。失敗したんだね。昭和の軍人たちの失敗とどこかでつながっているなーって、ジイタンは思うんだよね。 専門バカ、これは、事業失敗への道だけでなく、人間失格への道だね。道