新浜松駅前で毎月第3日曜日12時から開催されている、社会の不条理を糾す会静岡演説会に参加しました。

◎国会議員の定数削減が議論されている。「人件費」の削減が目的ならば、削減した分は危険が伴う公務員(自衛隊、警察、消防、救急など)に回してほしい。 人手不足の解消、離職を防ぐためには待遇の改善が必要。公務員でも民間でも真面目に働く、頑張る人が報われる社会を目指すことも、社会の不条理を糾すことだと思う。
◎韓国大統領の来日報道に比べ、イタリア首相の来日報道は少ない。ニュースを興味・関心を持って見るようになり、報道の「偏り」が見えるようになった。若い世代の「高市政権支持」と「立憲民主党不支持」は、オールドメディアを「主な情報源」にしていないからだろう。将来のために、若いうちから政治に関心をもち声をあげよう。
◎学校で教科書やノートにかわり、タブレットが導入されている。「何冊も持たなくていい」「情報量が多い」などを利点としているが、電化製品は「電源がなければ使い物にならない」という特大なデメリットがある。欧州ではデジタル化で学力低下したという調査結果もある。紙文化は絶やしてはいけない。
◎「口座を開設」「車を購入」などすることは当然「犯罪ではない」ことだが、暴力団排除条例ではそれらを「犯罪の準備」だとしている。犯罪は取り締まるべきだ。だが「属性だけで」犯罪ではない日常生活が取り締まられること、社会から「排除される」「権利を取り上げられる」ことは重大な人権侵害ではないか。
◎暴力団排除条例の問題点は「社会からの排除」だけを述べていること。排除された暴力団員は「どこへ」行けばいい?「カタギになればいい」というだろうが、組織を離脱しても数年間は「口座開設できない」など厳しい制限がある。更生、再出発を困難にしている状況は改められなければならない。
◎暴力団を擁護しているのではない。今のところ「反社会的勢力」とは暴力団、半グレ、トクリュウなどのことだが、法令の曲解、恣意的運用で「反政府」「反政権」の言動が「反社会的」とされる危険がある。ヤクザは「必要悪」の一面があるから社会の一隅に存在できた。「社会的か否か」の峻別が政治権力、警察権力だけで行われる社会は危険だ。
などなどを訴えました。




