津幡から富山へ、そして富山地方鉄道に揺られ、立山へ。
避暑を求めて山へ向かったものの、現実は同じことを考える同志で溢れんばかりの人集り。立山駅から美女平へ向かうケーブルカーでは、見知らぬ人と肩を寄せ合いながらの移動となった。それでも、その人集りの隙間から覗く車窓はやはり美しい。
いくつかの乗り物を乗り継ぎ、室堂へ。
外へ出た瞬間、まず驚いたのはその寒さだった。「酷暑」という言葉が新たに予報用語として運用されるというニュースを、こんなところで思い出す。つい先ほどまで夏の暑さの中にいたはずなのに、同じ日の、そう遠くない麓では今も暑さに耐えている人がいる。その気温差に、標高というものを身をもって知らされる。
室堂に咲く花々に見惚れながら、みくりが池へ。
富山に生まれた細田守監督が、『おおかみこどもの雨と雪』で、このみくりが池を前に雨が若干15歳にして山を継ぐ決意をする場面を描いたことにも、妙に納得がいく。山と空を映す水面を前にすると、人の人生を動かす決意の舞台として、ここ以上の場所はなかったのではないかとさえ思えた。
そして大観峰へ。
澄んだ湖に光が差し込み、目の前に現れた水面の色。ティファニーブルーより美しい、と本気で思った。宝石の色に自然を喩えることはあっても、この日ばかりは、宝石の方を自然に喩えたくなるほどだった。
そこからロープウェイで約500mを下り、黒部平へ。
道中、視界を埋め尽くすほどの緑を眺めながら、ふと、ここに暮らす動物たちは緑色しか知らないのだろうかと思った。
いや、むしろ知らなくていい。
大阪での生活に慣れ、本物の緑色を忘れていたのは私の方だった。この色は忘れてはいけない。忘れてたまるか。そんなことまで考えながら、ただひたすら窓の外を眺めていた。
黒部平に到着してからは、五竜岳、牛首山、鹿島槍ヶ岳、布引山、鳴沢岳、赤沢岳、スバリ岳、針ノ木岳を見上げながらお菓子をつまむという、なんとも贅沢な休憩。
挙げ句の果てには寝た。
大自然に囲まれ、これだけの山々に見守られながら眠るのは、思いのほか気持ちが良い。
黒部湖を経て、いよいよ黒部ダムへ。
これまでにもダムを訪れたことはあったが、黒部ダムは初めてだった。眼前に広がる巨大な構造物と、絶え間なく響く壮大な水の音。頭の中まで水音に満たされるようで、ただただ圧巻だった。
その後、扇沢行きのバスを待つ時間に、黒部ダム建設の歴史を知る。
工事を阻んだ破砕帯の出現、その克服に費やされた途方もない労力。そして、建設の過程で命を落とした人々。
目の前にある巨大なダムを「すごい」の一言で眺めていた少し前の自分が、急に浅く思えた。彼らの苦悩と奮闘の先に生まれたものが、計り知れないほどの電力となり、時代を越えて今を生きる私たちの暮らしにまで届いている。
「富士山は、登るものではなく遠くから見るもの」と言われることがある。
けれど、この立山黒部アルペンルートには、どうやらそれは当てはまらないらしい。
遠くから眺めるだけでは知り得なかった寒さがあり、花があり、水の色があり、忘れかけていた緑があり、人の手によって築かれたものがある。そして、これほど多くの人が行き交いながらも、この雄大な自然が今日まで残されていることも、決して当たり前ではない。
自然の力だけで残った景色ではなく、この自然を守ろうと根強く努めてきた人々がいてこその賜物。
立山から扇沢まで。
景色を見るために進んだはずの道を、最後には、その景色がここに在り続けることの有り難さを噛み締めながら、一歩一歩進む。
2026.08.07 20歳
富山・立山アルペンルート


