1923年(大正12年)9月1日 12:00 グランドオープン予定日時
1923年(大正12年)9月1日 11時58分32秒 関東大震災
なんと、グランドオープンのわずか1分28秒前に関東大震災が発生!
日本国内のライト建築
▪️帝国ホテル東京「ライト館」(明治村)
▪️自由学園明日館(池袋)
▪️ヨドコウ迎賓館(旧山邑邸、芦屋)
1890年 (明治23年) 帝国ホテル開業
渋沢栄一 帝国ホテルの初代会長就任
1923年(大正12年) 帝国ホテル「ライト館」開業
ちなみに、帝国ホテルは「ホテルウェディング」の生みの親。
当時は自宅や神社での婚礼が主流。
が、関東大震災で多くの神社仏閣が焼失したため、ホテル内に
神社を設置し、挙式と披露宴を1つのホテルで行うスタイルを
誕生させたのです。
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1&9&2&3&9&1&1&2=28
1&9&2&3&9&1&1&1&5&8&3&2=45
1&2&8=11
28&45&11=84・・・8&4=12(6 6)
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関東大震災100年=「帝国ホテル100年」、ライト館の無傷伝説と
博物館明治村の特別展に学ぶ
2023年9月1日
100年前の1923年(大正12年)9月1日、関東大震災が起こった。
そしてこの日は、帝国ホテル・ライト館の落成披露宴の日でもあった。
東京・日比谷にあった旧帝国ホテル本館「ライト館」は、落成
披露宴が予定された1923年9月1日、関東大震災に遭った。
世界的な建築家、フランク・ロイド・ライトが設計した建物は、
周囲の中小ビルが崩落する中でも、ほぼ無傷で残った。
地盤が軟弱だと知ったライトが、「浮き基礎」と呼ばれる特殊
構造を採用したことが、奏功したとされる。造形美と防災が両立
できることを知らしめ、母国でも「米国人建築家の日本での快挙」
だと報じられた。
(ここまで読売新聞2023年8月22日[TOKYO考 都市再生の100年]
<1>から引用)
9月1日に落成記念披露宴が開かれることになったが、関東大震災が
東京を襲ったのは、まさに宴の準備に大忙しの時だった。周辺の
多くの建物が倒壊したり火災に見舞われたりする中で、小規模な
損傷はあったもののほとんど無傷で変わらぬ勇姿を見せていた
ライトの帝国ホテルはひときわ人々の目を引いた。ライトは二週間
後このことを遠藤からの手紙で知り狂喜したという。
1945年(昭和20年)3月10 – 11日の東京大空襲では、本館中央部
から南翼、孔雀の間、演芸場などに多くの焼夷弾が落ち、焼失は
総床面積の四割強に及ぶ大きな被害を受けた。終戦ともに帝国
ホテルはGHQに接収され、そこで大規模な修復工事が行われ、復旧した。
フランク・ロイド・ライト財団のウェブサイトで紹介されている
エニス・ハウスの説明のページには、『ダヴィンチ・コード』的
なものが好きな人には気になるだろう、ちょっと面白そうなこと
が載っています。それによると、エニス・ハウスの特注でデザイン
されたテキスタイル・ブロックのパターンが「グリーク・キーの
デザインが様式化された「g」と似ている」という点から、この形
は「チャールズ・アニスが所属していたメイソンの結社を暗示して
いるのかもしれない」とのことです。
確かに向かって右下の形は、フリーメーソンにお決まりのモチーフ
であるコンパスを表しているようにも見えます。ちなみに、「g」は
神(God)を表します。
前述のSteve Oney氏の記事‘House on Haunted Hill’によると、1929
年にチャールズ・アニスが亡くなったとき、エニス・ハウスのリビ
ング・ルームで行われた葬儀は、フリーメーソンのテンプル騎士団
第9ロッジの指揮官が執り行ったそうです。
いずれにせよ、チャールズ・アニスがフリーメーソンの会員だった
こと自体は事実です。
Greek keyとは

1923年9月1日、関東大震災の日に帝国ホテルは開業、そのまま
避難民を収容する事態になりました。この開業式のとき、
ライトはすでに日本を離れており、完成した姿は見ていません。

当日、ロビーで水とパンを配る。6000人×2食分を備蓄していたが、
「使う日がくるとは思っていなかった」。
東日本大震災が起きた11年3月11日、金曜日。震度5の揺れがあった
東京では交通網が完全にマヒ状態となり、街は約10万人の「帰宅難民」
で溢れ返った。タクシーはつかまらず、道路は大渋滞。営業中の店は
少なく、あっても満席で入れない。大多数の人はトイレや空腹、寒さ
を我慢しながら歩き続けるしかなかった。「運がよかった」というのは、
まず地震による被害がほとんどなかったこと。建物の損壊は客室の壁の
一部に亀裂が入った程度で、電気やガス、水道などのインフラには支障
なし。これがもし、火災が起きたり天井が落ちて怪我人が出たりして
いたら、逆にホテルの外へ避難してもらわなければならなかっただろう。
東日本大震災が起きた11年3月11日、金曜日。震度5の揺れがあった東京
では交通網が完全にマヒ状態となり、街は約10万人の「帰宅難民」で
溢れ返った。タクシーはつかまらず、道路は大渋滞。営業中の店は少なく、
あっても満席で入れない。大多数の人はトイレや空腹、寒さを我慢しな
がら歩き続けるしかなかった。
6年前からの備えが当日に生きた
その夜、行き場をなくした2000人の人々のためにロビーや宴会場を開放
したばかりか、毛布やペットボトルの水、保存食などを無料で提供した
のが日比谷の帝国ホテル東京である。
実は帝国ホテルでは1923年の関東大震災のときも、避難してきた人々に
おにぎりなどの食料を提供している。
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東日本大震災 2011年3月11日14:46:18
2&1&1&3&1&1&1&4&4&6&1&8=9&24=33(11×3)
帝国ホテル(初代ロゴマーク)

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TEL: (03)3504-1111(代表)






