「赤い衣装のサンタクロース」のルーツ
「赤い衣装のサンタクロース」は
コカ・コーラ社のキャンペーンがルーツだった!?

1931年、コカ・コーラ社とアメリカ人画家が「真っ赤な衣装
と白いあご髭」のサンタクロースをつくりあげたのです。
クリスマスシーズンの風物詩になった赤いサンタクロースと
コカ・コーラ社の深い関係。その知られざる物語をご紹介しましょう。
聖ニコラウスを描いた宗教画。(PHOTOGRAPH BY HEMIS/ALAMY)
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今から1700年ほど前の4世紀の初め頃、ローマ帝国の時代に、
小アジア半島、現在のトルコにあたる場所に、セント・ニコラス
(Saint Nicholas)というカトリックの司教が住んでいました。
彼はその生涯を慈善事業に尽くし、人一倍の子ども好きとしても
知られていました。このセント・ニコラスが子どもの守護聖人と
して崇められるようになり、後に伝説となり、貧しい子どもたちに
プレゼントを贈るという彼の行動がそのまま習慣化、発展して
いったのがクリスマス・プレゼントの始まりだと言われています。
「もう1つの逸話は、今ではあまり知られていませんが、中世には
広く知れ渡っていました」とボウラー氏は話す。ニコラウスがある
宿屋に入ると、宿の主人はたった今3人の少年を殺し、ばらばらに
した体を地下のたるに詰めて、塩漬けにしたところだった。
司教はこの犯罪に気付いただけでなく、犠牲者たちを生き返らせた。
「これもまた、彼が子どもたちの守護聖人となった理由です」
ドイツで生まれたこれらの恐ろしい人物の中には、ニコラウス
の特徴を再び取り入れたものもあったが、もはや聖人ではなく、
ルクラウス(Ru-klaus、荒っぽいニコラウス)、アシェンクラス
(Aschenklas、灰色のニコラウス)、ペルツニッケル(Pelznickel、
毛むくじゃらのニコラウス)など、子どもたちを脅す相棒になって
いた。彼らは子どもたちに良い行いを求め、さもないとむちで
打ったり、さらったりするぞと警告した。赤い服を着た陽気な男性
とはだいぶ違って見えるが、こうした多彩なキャラクターが、のち
にサンタ自身の変化に関わっていく。
しかし今日、多くの国でサンタは嫌われ者のリストに入ってもいる。
キリストをなおざりにしたクリスマスの商業化を代表するためか、
あるいは単によそ者だからだ。「チェコ、オランダ、オーストリア、
ラテンアメリカといった地域では、いずれもサンタ反対運動が
根強くあります。地域に固有のクリスマスプレゼントの贈り手や
関連する習慣を守り、北米のサンタに取って代わらせまいとして
いるのです」
(参考記事:「クリスマスの悪魔、クランプスの起源」


12月25日は、古代ローマ帝国の太陽信仰であった、ペルシア起源のミトラ教
(太陽神ミトラスが主神)における「征服されることなき太陽の誕生日」と
されていました。
また、12月25日は冬至を過ぎて太陽が少しずつ勢いを増し始める日であり、
古来多くの民族がこの日を「年の始め」「新生の日」として祝っていました。
さらに古代ローマに融合したゲルマン民族にも、冬至に最も近い満月の晩
(12月25日前後)にモミの木を使い、盛大に祝うユール(冬至祭)の風習
がありました。
一方、キリスト教ではイエス・キリストは「正義の太陽」と考えられていた
ので、325年のニケーアの宗教会議において、ローマ皇帝コンスタンティヌス
は、異教徒(ミトラ教徒)にとって聖なる日である12月25日を「太陽の
誕生を祝う日(新生の日)」とし、太陽の誕生日である12月25日が
「イエス・キリスト(正義の太陽)の誕生を祝う日」Christmasとなったのです。





