人生を変えた3つの言葉 | "ゆとり"でも変われた自己改革入門

"ゆとり"でも変われた自己改革入門

「"ゆとり"でも変われた自己改革入門」
ゆとり教育の失敗作だった男が、日々自分を変えていった方法・考え方を伝授する。
ゆとり世代だからこそ可能性が無限大にある。

現在、おれは夏までの自分じゃありえない行動をしている。



あの話すことが嫌いだった自分が、色んな勉強会や交流会などで経営者や社会人と触れ合うことで人と話すことが好きになった。



本を読み、人と話し、自分で考え、モヤモヤしてるものや発見したものをノートに書き留め、またそのモヤモヤを解消するために本を読み、人と話し、また新たな発見がある。



人生22年間生きてきた中で最もワクワクしてるかもしれない。



この心の高揚感は今まで感じたことは無いだろう。



将来こんなことをしてみたい、こういう人と仕事がしたい、こんな社会を作りたいとか考えると楽しくて仕方がない。



こんなことを人と語っている自分が段々好きになってきた。



そんな俺が常に考え、心の根底にある言葉を紹介する。



これらの言葉は普通のそこらへんに溢れている単語である。



でも、この単語に対する価値観や考え方は人それぞれ違う。



俺は、現時点ではこのように自分の価値観を持てたことを誇りに思う。























1.「夢」



全てはこの「夢」を持てたことから始まった。



今までやりたことが何だかわからなかった俺があることがきっかけで夢を持てた。



あの低倍率の公務員試験の面接に不合格になった時、目の前が真っ暗になった。



「俺には何もできない。求めている人なんて誰もいない。」



とかいう劣等感の塊で、何もかも嫌になった。人と話すことが怖くなった。



でも、税理士という初めての夢が固まった時、その真っ暗な景色から少しずつ光が差し込んだ。



俺は夢を持つことで、視野が広がり、自分で考えて行動することができるようになった。



夢のために何をしなければいけないのか。



どんな人と付き合うべきなのか。



夢を持つことで、日常の何気ない風景や言葉でさえも、今までとは違ったものになった。







今思えば、俺は自分の「可能性」というものを自ら否定してたんだなと感じている。



自分は何か成し遂げたこともないし、仕事もできないし自分には能力がないと決めつけていた。



もはやそんなものは関係ない。



できない理由を探すんじゃなくて、やりたいからやればいい。



やれるためにはどうすればいいのかを考えるべき。



人間と他の動物の違いは何かと考えた時、おれは「可能性」の違いだと考えている。



人それぞれに大きな「可能性」がある。



夢にはその「可能性」を引き出してくれる力がある。



また、夢は何個あったっていい。



どんなに小さなことだって夢になる。



今は税理士という夢が目標に変わった。



この資格が目標に変わったことで、またその先の夢が広がっている。



そこを考えることが本当に楽しい。







正直、夢を語っている人を見て、「何だこいつ夢なんか語りやがって。現実見ろよ」とか思ってました。



勉強会や交流会などを通じて、そんな考えは180度変わった。



夢を持っている人は、その夢に向かって自分は何をすべきかを考えている。



どんな大変なことでも、意識次第で大きな経験になることを知っている。



現実を見て、将来が変わるのか?



それより、将来を考えた上での現実の行動の方がよっぽど意味あるものだと思うし、プラスに考えることもできるだろう。







そして、人に対する関心も高まった。



この人はどんな気持ちでこれに取り組んでいるんだろう。



この夢に対してどんな思いがあるんだろう。



どんなきっかけがあったんだろう、ということにとても興味がある。



例えば、ヤクルトの青木がメジャーリーグに挑戦することに対しても、野球に対することだけでなく、青木がどんな思いで挑戦しているかということに興味がある。



大学時代はそんな有名な選手じゃなかったのに、その時からの夢ってことは何かきっかけがあったはずだ。



青木が挑戦することで、青木自身の考え方も、今までとは違ったものになるだろう。



それを後世にどんどん伝えて欲しいなと思う。







夢は人を変える。



それを俺は生きているうちに少しでも伝えられればいいな。















2.「感動」



俺はかつてこの「感動」の部分が欠如した男だった。



楽しむことはあっても、嬉しさや悲しさというものを知らなかった。



中学校以来泣いたこともなかったし、隣で人が泣いていても、俺はその悲しみ方を知らない。



3・11でさえも、涙1つ出なかった。



その俺が今年初めて感動という感覚を覚えた。



それは、不合格になったショックではなく、周りに誰もいないという孤独感からだった。



人付き合いが下手だった俺は、ずっと一人の方が楽だと思っていた。



でも誰からも必要とされていないと思い込み、孤独を味わった時、自然と涙が溢れ、人は一人では生きていけないと感じた。



そんな時に親から感謝されたり、友人から頼られたりされ、初めて「人の役に立つ」嬉しさという今まで感じたことのないような「感動」を覚えた。







人が生き生きと暮らすためには、「感動」が必要なんだと思う。



なぜなら、感動をして新しい何かを感じ、何かを思い、またやりたいことが見つかり、そこに新しい生きがいを感じることができると思うから。



働く目的ってそこなんじゃないか。



もちろんお金も生きるためには必要だが、働く目的はお金だけではない。



自分自身がどういう所で感動を覚えるのか。



その感動を感じられる職種は何なのか。



それを突き詰めることで、自分のやりたいことが見つかるんじゃないか。







楽しさや嬉しさ、悲しさ、悔しさ、怒りも全て感動である。



泣きたい時は泣けばいい。悩む時は思いっきり悩めばいい。



そうすることでそれがまた経験となり、新たな自分の軸が出来上がると思うから。



俺はたまたま、税理士という職業がそういう場所だと思っているだけで、もしかしたら他にもあるかもしれない。



どんな職業の人たちであれ、考えようによっては夢も感動も感じることができると思う。



人がどのような感動を覚え、生きがいを感じているのか。



そういう話を生きているうちに沢山聞いてみたいし、多くの人に知ってもらいたい。







自分はどんな人から必要とされているんだろう。



それは他人任せの評価ではなく、自分自身で決めることだと考えるようになった。



どんな人間にも生まれてきた意味や役割がある。



それらを見出すのは自分自身であり、与えられるものではない。



自分で追求した意味や役割を果たせた時、そこには必ず感動がある思う。















3.「言葉」



人に夢や感動などを伝えるためには「言葉」が大切である。



いくら自分の中で思い、感じていても言葉にしなければ他人はわからない。



現在、おれは言葉を欲している。



それは今まで自分を持てず、思っていることを言葉にすることができなかったからだ。



最近は、色んなことを考える。



それはほとんどが答えのないことばかりで、答えが出たと感じたことでも、数日後には違う答えになっていることが多い。



その多くのことを考える中で、どうしても適切な言葉出ない時がある。



モヤモヤしてる気持ちを言葉にしたい気持ちが強くなる。



そんな時に、本を読んだり、人と話したり、講演会などに行くことで、自分の求めていた言葉を見つけると、興奮が止まらない。



あの無感動だった男が、本を読んで涙が出そうになる。



これって凄いことだ。共感するって凄いことだ。



だから、俺は悩んでいる人に適切な言葉を提供できる人になりたい。



自分が放つ一言で、人が変わることができるなら、こんなに幸せなことはない。







人間には好きな言葉と嫌いな言葉があると思う。



俺は今まで嫌いな言葉に耳を塞ぎ、思考を停止していた。



否定されるのを恐れて嫌いな言葉を避けていた。



だが、今年の面接は人格を否定されたような気がして、嫌いな言葉を頭から離すことができず、ずっと悩んでた。



深く悩み、悩み抜いた中で、段々暗闇の中から光が差し込んだ。



嫌いな言葉を深く考えることによって、少しずつ自分の好きな言葉へと変化していった。



もちろん、嫌いな言葉がそのまま好きな言葉になったわけではない。



嫌いな言葉を追求することで、新たな言葉を見出せた。



そんな自分の頭の中から見出した本当の自分の言葉が今では大好きだ。



言葉というものは大切なものだと改めて思った。







言葉を発信することで、共感してくれる人や応援してくれる人も表れてくるだろう。



俺はまだ、話す言葉が不足している。



前よりは良くなったが、自分の思っていることをすぐに言葉にすることができない。



これを克服するためにも多くの人と話し、自分の思いに言葉にできるようにしたい。



































働いてもいない若者がこんなこと語っちゃってすみません。



もはや国も企業も守ってくれない。



今後は一人一人が自分の存在価値を考えていかないといけないんだと思う。



愚痴を言ってもいても何も始まらない。



深く考え、行動することで初めて始まりがあると身にしみてわかった。







働くことは辛く、苦しいものだと思っていた。



しかし、最近触れ合うような夢や目標に向かって頑張っている人たちは、大変なこともそれを経験に変え、エネルギーに変換して頑張っている。



そういう目が輝いている人たちの姿を見て、自分もこういう風に仕事がしたいなと思った。











2011年は多くのことを学んだ。



夢と感動と言葉の大切さを知った俺は、サイボーグから人間へと変態できた。



やっと人として生きることができる、人生が始まったばかり。



今後も勉強だけでなく、自分が思うこと、感じることを大切にして生きていきたい。