25日深夜に出発してまた相馬市に支援に行って来ました。
今回も前回行った2箇所の避難所でのマッサージ及び整体です。
まぁ私はドライバー兼助手ですが。
今回は少し余裕が出来て写真も撮れたので、ちょっとご紹介します。
まずは今回伺った避難所2箇所。


こちらは約150人が避難されています。 こちらは約350人。
月曜日の午前中は左の写真の避難所で約10人程、月曜午後と火曜日は右の避難所で合計40人程の方にマッサージをさせて頂き、両日夕方は在宅避難(自宅及び借り上げアパートなど)の方を計15名程させて頂きました。
もっとも私は柔整免許は無いので、準備、受付、誘導等でしたが、流石に友人一人でこれだけの人数をこなすとかなり大変だったようで次回は増員も検討中ですが、なにせ原発から4,50キロの地域、支援希望者は居ても簡単にOKとは言えないのが頭の痛いところです。
ただ今回も前回と同じ場所での施術だったので覚えてくれていた方も多く、今回も大変喜んで頂けたようでした。
やはり避難所の床は固いので、いくら毛布等を引いているといっても身体への負担は大きいようです。
もちろん我々に限らず各地から(見た範囲では茨城、石川、滋賀、神戸の医師団、看護師団、医療ボランティア)の方々も来ていて、右の避難所では常駐されていましたよ。
今回は、お待ち頂いている間に少し話を聞く事が出来ましたが、前回伺った時と比べると皆さんだいぶ落ち着いたような印象を受けました。
ただ友人とも話しましたが、落ち着いて来たと言うよりはどこか諦めにも似たような雰囲気が出ていたのが気掛かりで、やはり行政のもっと素早い対応が急務ではないかと思われます。
仮設住宅の建設は色々と難しい問題もあるようですが、やはり集団での生活は色々と厳しい面もありますから、早く建設が進むよう願って止みません。
でも前回と比べると良くなっていた面ももちろんありまして、前回は食事はカップ麺や時々炊き出しだったのが、今回は仕出し弁当になっていました。
市長が給食センターみたいなところに委託したとの話でしたが、やはり日々の食事は大事。
毎日カップ麺よりは全然良いと思います。
で、避難所には各地からの応援メッセージが沢山届いているのですが、こちらはその一部。

おそらく三重の中学生が中心のメッセージだと思いますが、沢山の『頑張って!』というメッセージの中で私が一番感心したメッセージがこちら。

大人だって、なかなかこんな事言えないですよ。
今回は数多くのメッセージを見させて頂きましたが、私はこのメッセージが一番感動しました。
という訳で、丸二日間支援させて頂きましたが、今回は津波の被災現場の写真を見て頂きたいと思います。


松川浦という所の辺りの写真ですが、多分これをご覧になった皆さんは報道等にあるように瓦礫だらけだなとお感じになる事でしょう。
でも私の印象は違います。
前回伺った時も知人が同じ場所を案内してくれました。
その時は余りの惨状にとてもじゃないけど写真など撮る気にならず、それでも道路だけは通れるようになっている事に自衛隊を始め消防、警察の方々の努力に頭が下がる思いでした。
今回この写真を撮ったのは今朝の10時頃。
時間が早かったからか、おそらくご遺体を捜索していると思われる警察の方々、瓦礫を撤去している自衛隊の方々に混じって被災された方々も多数来ていました。
なぜ私の印象が皆さんと違うか、それは前回来た時に比べて明らかに瓦礫の量が少なくなっていたからです。
友人も同じ印象だったので間違いないと思います。
もちろん、まだまだ瓦礫は膨大な量が残っているし、漁船や車も沢山放置されたままです。
でも本当に少しずつではありますが復興に向かっていると実感出来た瞬間でした。
国や東電がまともな対応も出来ていない中で、地元の方々は自力で確実に立ち直ろうとしています。
では最後に、今回持って行った支援物資をご紹介しておきます。

もう地元の知人の車に載せてしまった写真ですが、今回のメインはCDラジカセ(確か12台)。
現地の知人の要望で、仮設住宅(借り上げ含む)に入居する際に、テレビや冷蔵庫は用意されるらしいがラジオやCDデッキ等はおそらく無いので配りたいとの事だったので持って行きました。
別にこのブログをご覧になっている皆さんまでCDラジカセを送る必要は無いと思いますが、そろそろ被災してから一ヵ月半が経ち、初期に必要な物資はもう充分届いています。
今後もし物資を送る事を考えている方がいらっしゃいましたら、送る前に現地の情報をよく聞いて、これが欲しいという物を送ってあげるのがよろしいのではないかと思います。
今回は2日間の滞在でしたが、5月中旬~下旬に再度伺う予定です。
私は大して役に立っていませんが行って来ましたらまたご報告させて頂きます。