↓↓↓【10/30追記】↓↓↓↓↓↓↓↓↓

 

この記事、ゼンッゼン踏み込みが足りませんね!!

自分的には、特に、 発言1回目  ・  発言2回目  ・  発言1回目  。

上滑りして終わってしまっています! (/ω\) (ToT;)

後日(←いつになるやら😅)、加筆・修正・再掲させていただきます。

 

↑↑↑【10/30追記】↑↑↑↑↑↑↑↑↑

 

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「わたしのアンドレ」と「おれのオスカル」。

発言の登場回数はどちらも3回かと存じますが、見落としておりましたら、ご指摘のほどお願い申し上げます。

タイトルの顔文字は、記事を書いているうちに ふいっと浮かんできたものです。

 

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 わたしのアンドレ (*‘∀‘) 編 

 

 発言1回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第1巻808ページ

 

悲痛で胸抉られるシーンです。

ムチを振り上げられたオスカルさまの心情については別記事で独立して取り上げたいと思いますが、ここでは、「わたしのアンドレ」問題(?)に的を絞って書かせていただきます。

 

この時、我知らず口をついて出た「わたしのアンドレ」ということば。

これこそまさに、オスカルさまとグランディエさんの奥深く強固な結び合いの神髄だとわたくしは感じます。

 

いうまでもありませんが、このコトバの意味するところは、"わたしのもの" という所有的なものではなくって、"わたしのかけがえのないアンドレ" でございましょう。

もっといえば、わたくしなりに拙いながら言い換えさせていただきますと、"わたし自身の一部ですらあるアンドレ" なのではないでしょうか。

 

あー、え~っと……ちなみに、なのですけれども💦

[オスカルさまにはご自覚がないけれど、既に(恋愛的な意味で)グランディエさんを愛していたから、このことばが口をついて出た] という説には、個人的にはいささか懐疑的でございます... <(__)> <(__)> <(__)>

 

※話が少々ズレますが、、、

特集誌の原作者先生コメントで、グランディエさんのシーンで先生がいちばんお好きなのは、「武官はどんなときでも感情で行動するものじゃない!!」だと読んだことがあります。

 

 発言2回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第2巻148ページ

 

馬車襲撃事件での「わ……わたしのアンドレ…!!」

 発言1回目  の項で書いた、"わたしのかけがえのないアンドレ" 及び "わたし自身の一部ですらあるアンドレ" が、根幹にあることは申すまでもございませんでしょう。

 

……がっっ💗

今度こそキましたねっ!上記に加えて、[オスカルさまにはご自覚がないけれど(←たぶん)、既に(恋愛的な意味で)グランディエさんを愛していたから、このコトバが口をついて出た]シチュエーション💗💗💗

 

グランディエさんの安否で頭が一杯で、"うっさいぞ(うっざいぞ?)、フェルゼン‼" 状態のオスカルさま💦

そんなオスカルさまに、「わたしの……アンドレ!?」と、オウム返しした次のコマのフェルさん、、、 "えっ、そーなん?顔” が 心なしか虚ろなカンジ???

(ソレはわたくしの気のせいですね↑、きっと😅)

 

しかし。そこはそれ、男気あふれるフェルさん✨✨✨

"ふっ・・・" と男前な笑みを決め、身を挺して(スペード)エースのカードを切って、三度(みたび)()のOAさん危難救出を果たしてくださったのでした🙌🙌🙌

 

 

 発言3回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第2巻558ページ

 

ここは、つらすぎてあまりコメントを書きたくないのです...

……ではありますが、ここの「アンドレ… わたしのアンドレ…」は、生涯最大の愛の呼びかけですから、しっかり書いて締め括らなければなりません。

 

これは、"わたし自身の一部にして不可分なアンドレ" に、

"おまえがたえた苦しみなら わたしもたえてみせよう たえてみせるとも" と語りかけ、"抱きしめてくれ" と乞う、全身全霊で発する愛のことばですね。 

 

それでもやっぱり、こんな呼びかけをせねばならない日は来てほしくなかったです..

 

 

 おれのオスカル ( ;∀;) 編 

 

 発言1回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第1巻709ページ

 

※この  発言1回目  の項、"ちがうっ! 屁理屈すぎっっ!" との、みなさまのツッコみが聞こえてきそうです😅 でも、敢えて書かせていただきます💦 <(__)>

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ここの「おれのオスカルが おれのオスカルが」

二十有余年にも渡って共に生きてきて、何もかも分ち合っていたハズの半身(オスカルさま)の姿がゲシュタルト崩壊しそうなことへのパニックではないでしょうか?

 

ですから、わたくしが思うに、このセリフの前半は、オルカルさまの「わたしのアンドレ」 発言1回目  同様、"おれのもの" という所有的なものではなくって、"おれの知ってるオスカル"・"すべて理解している筈のオスカル" 的な、OAさんの奥深く強固な結び合いの根幹をなす感覚だと思われるのでございます。

 

ただ、このシーンの場合、[ドレスを着る]という行動の帰結として [男どもと踊る]という事態が否応なしに連想されるわけで、、、

セリフの最後では独占欲がチラリと顔を覗かせ始めていると思われます。

 

 発言2回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第1巻713ページ

 

同じエピソード内ではありますが、ドレスをまとったオスカルさまの美しさを目にしたことで心掻き乱されてしまっているこの場面。

 発言1回目  のセリフ最後でチラつき始めた独占欲と、フェルさんという具体的な羨望・嫉妬対象となる人物が存在することで、この場面では、「おれの…オスカル…‼」に、近いのに遠い人への切なさが色濃く滲んでいるように思われます😭😭😭

 

 

 発言3回目 

 

愛蔵版『ベルサイユのばら』第2巻124ページ

 

うあぁぁぁ~😱

「おれの… オスカル…」という内なる声が、とてつもない、独占欲・狂気・暗さ・重さ・哀しさのるつぼになってしまっています😭😭😭

 

けれど!!

この事件を乗り越えた後、グランディエさんには「おれのオスカル」発言がありませんね!!!(←わたくしの勘違いだったら、チョー恥ずかしいですけど💦)

 

普通の恋物語であれば常套句であろうおれのオスカルは、オスカルさまと相思相愛になっても、7/12夜も、グランディエさんの口から発せられることはなかったのでした...

 

かなしい時つらい時くるしい時だけに発動した「おれのオスカル」発言。

胸にくるものがございます😭😭😭