1789年。とある初夏の1日の、オスカル・フランソワさまのモノローグ。

 

(※『☆新たなる地獄への旅立ち❹【いざ、逢引き(?)へ!】』と対(ツイン)を

 なしております)

 

↓この章でオスカルさまが弾いていらっしゃるのはこの曲です。

↓コチラのほうは楽章の分かれ目が画面に表示されます。

 

 

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今日の家路のために、おまえが作ってくれた わたしだけのためのゆりかご。
狭くても不思議なほど心地よくて、激務で凝り固まった躰を解きほぐし、

誰ぞやのせいで!沈んだり浮いたり さんざ揺れまくった心も癒してくれた。


そのゆりかごの中で あたたかさに満ちた幸せな夢をみた筈なのに、目覚める

とともに、まぼろしのようにぼやけてしまった。
夢とは、どうしていつもそのように儚く消え去ってしまうものなのだろう。


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晩餐を済ませ、今、自室に戻ってきた。
さて。 おまえを待つ間、何をしよう。

...弾こうか、久しぶりに。
では、曲は...
そうだ…、ヴィヴァルディ『夏』ヴァイオリン協奏曲 ト短調 を。
3つの楽章それぞれに添えられたソネットが、今のわたしの心を奇妙に惹きつける…。

弓を構え、弾きだす。


≪第1楽章 アレグロ・ノン・モルト 「けだるい暑さ」≫
   太陽が焼けつくように照る厳しい季節
   優しいそよ風を突然 強い北風が払いのける
   羊飼いは嵐の気配に恐れおののき……

父上。
わたくしは父上に啖呵を切りました。
軍神マルスの子として生きましょう。生涯を武官として……と。
しかしながら、≪武官≫であり続けることは できなくなるかもしれません。
宮廷から俸禄を享ける ≪武官≫〟に、わたくしが甘んじられなくなってし

まったら... 

父上とわたくしは容貌も気性も似ていると、母上はおっしゃいます。
容貌が似ているというのは、まったくもって承服いたしかねますが、
気性のほうは間違いなく受け継いでいると認めざるを得ません。
娘を男として育てたり、三十路の娘の婿選びパーティを開いたり、
父上はムチャクチャな御方でいらっしゃいます。
ふふ、その婿選びパーティを、あそこまでムチャクチャにぶち壊す

なぞ、わたくしもわたくしでございますが。

親子相似形とは、まさにこういうことを申すのでございましょう。

 

ただ、それらのムチャクチャを含め、父上が歩ませてくださった道が、
今のわたくしを作り、自分で自分の道を選び採る力を拓いてください

ました。
≪その時≫が来たら、わたくしは父上に、こう申し上げるつもりです。

〝たとえ何が起ころうとも、父上は わたくしを卑怯者にはお育てに
 ならなかったとお信じくださってよろしゅうございます〟

そのことばの奥に、限りない尊敬と感謝を込めていることを、
似たもの親子の父上ならきっとお汲み取りくださることでしょう。


≪第2楽章 アダージョ≫
   恐ろしい稲妻と雷鳴で 疲れた体も休まらない

母上。
姉上たちの倍以上の年月、わたくしを慈しんでくださり、父上との板挟みと

なりながら、わたくしの身を案じ続けてくださった母上。
あろうことか、わたくしは母上を醜い宮廷闘争にも巻き込んでしまいました。

わたくしは、母上の愛に まだ何一つ報いることができておりません。
もし、現世で母上を悲しませ苦しませることになってしまいましたら、
わたくしは、その咎を、生きている限り背負ってまいります。
そして、次の世というものがあるのなら、必ずや、また母上のもとに生まれ、
愛されるに値する子となりたい…と、わたくしは、終生、神に祈り続けてまい

ります。


≪第3楽章 プレスト 「夏の激しい嵐」≫
   ああ 不安は現実となる
   空は雷鳴を轟かせ稲妻を光らせ 果ては雹まで降らせ
   熟した果物や穀物の穂をことごとく叩きつぶす

ばあや。
たったひとりの孫への溢れる愛を押し殺し、母上と共に、わたしを見守り、

案じ続けてくれた、わたしの大切なばあや。
そのかわいい自慢の孫までも、わたしは ばあやから奪って行ってしまうかも

しれない。
でも、もしそうなってしまっても、ほんの少し…ほんの少しの間だけ、
待っていておくれ。できるだけ早くばあやを迎えに来るよ。

ジャルジェ家への忠節との狭間で、ばあやの心を引き裂くことになってしまう

だろうことを、どうか許してほしい。
それでも、ジャルジェ家への思いは胸の奥深くにしまって鍵をかけ、

一緒に来てほしい。

一緒に来てくれたら、自慢のバカ孫を存分にお仕置きさせてあげるよ。
ほら、腕が鳴るだろう?
だから、腕が鈍らないよう体に気をつけて、わたしたちが迎えに来るまで、
どうかたくましく生き続けていておくれ。

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......曲が終わった。

アンドレ。
今の音色をおまえが聴いていたなら、

わたしらしい選曲で、ダイナミックで張りのある わたしらしい鳴りだ。

ただ、ふとしたところで音が弱くなったのが気になったが……
そんなふうに評したことだろう。

だから今は、おまえには聴かせられない。

〝おれはいつだって勝手にオスカルばかを続けるだけだ〟

そう言って穏やかにほほえんだその奥で、おまえが何と闘っているのかを

突き止めるまでは。
突き止めて、その≪何か≫を、この手で叩き潰すまでは。

これから飛び込むかもしれない場所では、
わずかな心の迷いが命取りになりかねないのだから。

そしておまえは、来るなとわたしが止めたとしても、
秘かに隠れてでも、そこについて来るのだろうから。

もう、恋とでも 愛とでも ひとつ魂とでも、

なんということばで呼ぼうとかまわない。
おまえがわたしなしに生きられないのと同じに、
わたしもおまえなしに生きられない
だから、おまえには生き抜いてもらわねばならないのだ───

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...ふう。おまえの仕事が終わるまで、まだ時間はかなりある筈だ。
次は何をしよう。
本を…読む?

 
部屋の中にしつらえた簡易書棚の前に歩み寄る。
ロック、ルソー、モンテスキュー、ヴォルテール...
 

その中の一冊、『人間不平等起源論』背表紙の著者名に、わたしは語りかけた。
「ルソー殿。失礼ながら、あなたの御作『ヌーベル・エローズ』は、この部屋

から放逐させていただきましたぞ」

あの本は、おまえがここでワインを叩き落とした後、すぐに、図書室の奥の奥、

おまえの目に触れそうにないところに押し込んだ。
もし既読だったとしたら、しこたま頭をぶん殴って記憶から消してやるつもりだ。
 

おまえを最も苦しめ追い詰めているのは、このわたしだと知っている。
けれど、わたしはおまえから離れられない。
だから、おまえを苦しめるものを、わたしは徹底的に排除することに
決めたのだ。


ふ…、ロック、ルソー、モンテスキュー、ヴォルテール。
〝謀反人か平民が読む本〟……か。

「啓蒙思想家のみなさん、少々、席をお外し願えますか?」
そうつぶやいて、わたしは彼らの著作を引き抜いて脇の棚に移していった。
次第に、書棚の奥に、それらとおよそ似つかわしくない、絵本、おとぎ話、
冒険物語の、やさしく楽しく心躍る表紙絵たちが顔を見せ始める。

おまえがこの家に来た頃に、文字の勉強を兼ねて、頭を並べて小さな手で

ページをめくり、ふたりで≪お気に入りマーク💕≫を付けた本たちだ。
おまえの部屋には置くスペースがなかったし、ばあやに見つかったら、
〝お屋敷の本を持ち込んだりしちゃダメじゃないか!〟と叱られるので、
わたしの部屋に置いて、時間があれば、繰り返し繰り返し一緒に読んで、
挿絵に空想をふくらませてキャッキャと戯れたりしたよな。

うん。今夜はこの昔懐かしいものたちを読むことにしよう。
おまえは、わたしを子供扱いする。
ならばいっそ、子供の心に還るのもよいかもしれない。
愁いというものをほとんど知らなかったあの頃の自分に戻って、
無垢な気持ちで、おまえと一緒に ばら達を愛でて過ごすのもよいだろう。

何冊かを取り出してテーブルに積み、1冊ずつ手に取って読み始める。
ふふっと忍び笑いを漏らしたり、古びた感触を撫でて慈しんだり...


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「オスカル。待たせてすまない」
ノックとともに、部屋の外から、おとなアンドレの声。

来た!
本をテーブルに置いて、ぴょんと椅子から立ち上がってドアにダッシュし、

バンッと開けた。

「思ったより早かったな! もう出られるのか♪」


部屋から飛び出そうとしたら、おとなアンドレはシィッと指を立て、

手にカンテラを押しつけてきた。
 

んっ? なんでだ? 意味わからん。

「おれは先に行って、ブランケットを敷いて飲み物の用意をしておくから、
おまえは少し間をおいてから来い。
あっ、上に羽織るものをちゃんと持って来るんだぞ」


「羽織るもの? もう暑いくらいの季節になっているのに?」
 

「夜の庭は意外と冷えるから、要るかもしれん。
念のために持って行ったほうがいい」

あっ、そういうことか。
コイツ、いつもイイところに気がつくな♪

「わかった。すぐ取ってくる♬」
そう言って部屋奥へ踵を返そうとしたら、
「だーかーらぁ。おまえは少し間をおいてから来いと、さっき言ったろうが」
ちょいオコのあきれ声にストップをかけられた。


「どうしてだ!?」 また、意味わからん。
 

「日が暮れて、用がある筈もない時刻に、連れ立って屋敷の中を歩いて
たら、どう見たって変だろう」
 

「そうだろうか?」 なんでだろう?


「そ・う・な・ん・だ!
ほら、ドアを閉めるから、カンテラを持ったその手を引っ込めろ」

目の前でバタンと閉められたドアに向かって、
7歳の少年はイーッと舌を出してアカンベをした。

それでも、おとなアンドレが〝少し間を置いてから来い〟と言ったから、
しかたなく椅子に戻って、時計とにらめっこする。

よし、1分経った!
こらえ性がなく聞かん気なその子は、

カンテラと上着を引っ掴んで部屋を飛び出し、
南の庭に向かって全速力で駆け出した。


 

 

 

『✿開花への新たなる旅立ち⑧ ≪身を引くなど許さん!≫』に続きます≫