1789年。とある初夏の1日の、グランディエさんのモノローグ。
(※『✿開花への新たなる旅立ち④ ≪どうにか約束成立♥≫』と
対(ツイン)をなしております)
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司令官室に続く廊下にまわり込むと、ドアまであと数歩のところにいたおまえが
振り返った。
「はん、鈍足め。ぜいぜい息を吐きおって、鍛え方が足りんな」
「追いついて、今、追い抜いた。ほれ、ドアを開けてやるから、そこをどけ」
後ろに下がって道を空けたおれの前を、おまえが大股に執務机に向かっていく。
「ふん、追い抜いただのと子供じみた言いぐさをしおって。片腹痛いわ」
「おーや。ぶんむくれていきなり走り出した子供は、どこのどいつだっけ?」
「単細胞めが。おまえのつまらん戯れ言に本気で怒ったとでも思ったか。
わたしは愛でに行ったばらを手折るような不埒者なんぞではない。
それを、そのボンクラ頭にしかと叩き込んでやるために、少しばかり荒療治を
施してやったまでだ」
「それはそれは。心を鬼にしてのお気遣い、
このボンクラ・グランディエ、身に余る光栄に存じます」
ドアを静かに閉め、おれも補助員用の机に向かう。
屁理屈を言ってツンと顎を上げているおまえ。
なんともほほえましくて...愛おしくてたまらない。
...ああ、だけど...だけど、おまえには、想うヤツがどこかにいる。
一筋伝った涙を見られないよう、書類の上に身を乗り出し、顔が隠れるよう
さりげなく左掌を額に当て、残った片手で書類を繰る。
それぞれがペンを走らせ書類を繰る音だけが、暫し室内を満たす。
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「あ... あ、その... アンドレ」
「ん?」
「い、行くのだよな、今夜。ばらを…見に」
心許無なげなおまえの声に、思わず顔を上げる。
「行くさ。さっきそう言っただろう」
「そ、そうではなくて。 あ、えっ…と、一緒に見に行くのだよ…な」
やっと聞き取れるくらいの小さな声。
おまえ、なんか変だぞ。
一体どうした?
〝一緒に見に行く〟のが重要ってことか?
よくわからんが、おれとしては、なんだかうれしくなってしまうではないか。
少しばかり調子に乗ったおれは、ペンを置き、片手で頬杖をついて、ちょっと
意地悪く笑いかけてみた。
「夜、ひとりで南の庭まで行くのが怖いのかな、お子ちゃまは?」
お~っと。小ぶりの菓子入れが超高速で飛んできて肩を直撃。
鈍色の床に、明るく鮮やかな色合いの飾り紙が派手に散らばった。
「あーああ。部屋を散らかすな」
立ち上がって、キャンディやボンボンを拾って菓子入れに戻しながら、
執務机の前まで行き、器をトンと元の場所に置いてやる。
そのまま少しためらってから、おれは意を決して、両手を机につき、
おまえとしっかり目線を合わせた。
「正直言うと、今日はなんとなく、おまえと一緒にあの子たちを愛でて
やりたい気分なんだ。散り始めてしまう前に…な。だから一緒に見よう。
な、オスカル」
胸のうちで〝おれの心が見苦しく散り死んで土にまみれてしまう前に…〟
と付け加える──
...と、おまえがツイと目を逸らして、クセっ毛を指でくるくると弄んだ。
調子に乗ったおれが逢引きめいたことを言ったせいで、心をざわめかせている
のだろう。
え? けど、それって、おれがおまえをざわざわさせてるってことか?
いやまさか。それこそ調子に乗りすぎだ。自戒!自戒!
「おっ、おまえがそこまで言うなら、つ、つ、付き合ってやる」
おまえは、目を逸らせたまま、少々乱暴な手つきでボンボンの飾り紙を
剥き、口に放り込んだ。
やっぱり、おまえはドギマギしているように見えてならない...
≪『☆新たなる地獄への旅立ち❸【胸ざわめく司令官室】』に続きます≫